小説 川崎サイト

 

藁治療


 池か川に落ち、溺れそうになったとき、何か掴まるもの、すがるものがあれば何とかなる。藁にでもすがる思いというのがある。しかし藁は浮くが、ウキにはならない。ただ、大きな藁束なら何とかなるかもしれないが、ストローのような藁では何ともならない。しかし、他にすがるものがないのなら、藁にでもすがるのだろう。
 その藁の名の付く祈祷師がいた。藁山道士と勝手に名乗っている。ただの藁でも山のようにあれば、船のように乗れるかもしれない。藁も積もれば船となる。
「にっちもさっちもいきません。万策尽きました。あとはもう運しかありません」
「うん」
「何とかならないものでしょうか、藁山道士の術で」
 藁山道士は祈祷師だが、占いもする。針もすればお灸もし、指圧もすれば、整骨もするようなものだ。
「万策尽きましたか」
「はい」
「全ての努力は成されたのですな」
「はい、もうこれ以上手の打ちようがありません」
「そうですか」
「祈祷で何とかなりませんか」
「私の祈祷は人を幸せにする祈祷ではなく、不幸せにする祈祷でしてな。あなたの願いを叶えるには、邪魔をしている相手を呪うことになりますが」
「特にいません」
「ライバルとかは」
「いません」
「ほう、それは困った」
「私自身の問題なのです。懸命にやっているので、怠けているわけでもなく、またやるべきことをやらないで愚痴っているわけでもありません」
「どういう方面でのお話しですかな」
「時代だと思われます。私の時代は終わったのでしょうねえ。これには負けます。しかし、細細ながらでも続けていきたいのですが、最後の仕事も終わり、ここ何年も暇で暇で仕方がありません」
「そのまま廃業された方がよろしいかと」
「それでは暮らし向きが立ちません。何とかならないものかと……」
「はい、藁にでもすがる思いで来られたわけですな」
「そうです。是非とも藁山先生のお力で」
「これは祈祷も何もいりません」
「はあ?」
「簡単なことで、流れが変わり、細々とながらも仕事が来るでしょう」
「そう占いに出ていますか」
「占うまでもない」
「何ですか、その方法は」
「万策尽きたのでしょ。祈祷でも、呪いでも、その状態では効きません」
「教えて下さい。その方法を」
「今までやったことのないことをしなさい」
「はあ」
「地味なことで、仕事とは関係のないことで、長年やらないで放置しているような事柄があるでしょ」
 男はしばらく考えた。
「見付かりましたか」
「色々あります。そう言われれば」
「その中から地味で、長く時間のかかることを選びなさい」
「はい」
「一番面倒で、いやなこと」
「あります。思い出したくもないし、見て見ぬ振りをし続けているものがあります」
「それを始めなさい」
「はあ、しかしそれは仕事とは関係のない……」
「その方がいいのです。これはツボです。痛い箇所に針を刺すのではなく、そのツボはかなり離れたところにあります。足の裏とかにね」
「はあ」
「あなたが長く放置していたという、そのことが、その離れたところにあるツボかもしれません」
「分かりました。他に方法がないのなら、それをやります」
「一つのことを動かすと、別のことが動きます。ただし」
「何ですか」
「ただし、そこが本当のツボかどうかは分かりません」
「でも、やってみます」
「上手く行けば、それで、流れが少し変わります。塞がれていた流れが戻ってきたりしますから、お楽しみに」
「はい、やってみます。どうせやらないといけない礼事でしたから、この機会にやり始めます」
 この藁治療、効いたかどうかは分からない。
 
   了




 


2015年10月4日

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