小説 川崎サイト

 

結界の外


 市村はいつも決まった時間に決まったことをしている。これは自分で決めたわけではないが、いつの間にかそれが日常業務のようになっている。決してそれは仕事とは言えない日課で、その殆どは日常生活に近い。日常普段の用事だ。ただ、その用事もプライベートなことで、やらなくてもいいようなことも多い。これをもしスケジュール表に時間ごと、分ごとに付けると大変な量になるだろう。ただし、起床時間は記しても、何時何分にはトイレへ行き、何分には顔を洗い、何分にはメールのチェックをし、何分には洗濯物を出すなどのことは書く必要がないだろう。だからスケジュール表などいらないのだ。このスケジュールを誰かに見せるわけでもないし、それを参考に、次の予定を組むわけでもない。
 散歩に出たり、買い物へ行ったり、食べに行ったり、喫茶店へ本を読みに行ったりと、外に出る機会も多い。つまり出たり入ったりしている。メモを見なくても分かっている。ただ、それには順序があり、これをすれば、あれとか、この時間になれば出掛けるとか、そんな感じだ。
 そのため、市村が自転車で通る時間帯はほぼ決まっている。これは前の用事がずれたりすると、多少の狂いは出るが、ほぼ一時間以内で収まっている。
 要するに毎日毎日同じことの繰り返しなのだ。そんなおり、古い友達の吉岡から電話があり、久しぶりに会おうとなった。今頃どんな用事があるのだろうかと、市村は不審がった。かかってきた電話は家電話で、ケータイは教えていない。市村がケータイを持ってから十年になる。だから十年以上会っていないことになる。
 待ち合わせ場所は大きなターミナル駅の改札前。吉岡と会うときは、いつもそこだ。ただ、駅は改築され、十年以上前にあった改札などはもうない。
 時間は昼の三時。平日、そんな時間に会うだから、吉岡はもう会社を辞めたのかもしれない。
 それよりも、午後三時はいつもの喫茶店に行く時間だ。さらに三時までに改札前なら、二時に出ないといけない。この時間、市村は昼寝をしている。さらに夕方にはスーパーへ行く。これも行けなくなる。夜までには帰れるだろうが、どうせ飲みに行こうとなる。すると、夕食後の散歩がなくなる。
 つまり、市村のスケジュールが一杯一杯で、会えないのだ。しかし、手が離せない用事ではない。いつものことをいつものようにしたいだけで、これが少し狂うと、調子が狂うように思ってしまうためだ。。
 昼寝をやめ、喫茶店をやめ、買い物をやめ、そこで買った惣菜での夕食をやめ、食べたあとの散歩もやめることになる。また、夕食後の散歩から帰って来てから見る連続ドラマも見られるかどうかが分からない。
 さらに夜、遅い目に帰って来てから、寝付けるだろうか。出掛けた日は何故か気が立ち、一日の終わりがざわついたまま蒲団に入ることになる。
 つまり、午後三時に会うということは、昼過ぎから影響が出始め、夜半まで続くことになる。
 それに吉岡は用件を言わなかった。久しぶりなので会おうというものだ。これは吉岡だけに都合のいい用件に違いない。話は吉岡のペースになるだろう。
 市村はそれを考えると面倒になり、当日の昼頃、ドタキャンの電話をした。
 そして、昼ご飯を、いつもの食堂へ食べに行き、戻ってからいつものように昼寝した。
 吉岡からはその後電話はかかってこない。どんな用件だったのかは謎のままだ。
 日常の結界から抜けられないのではなく、市村は吉岡と会いたくなかっただけなのかもしれない。
 
   了





2015年10月6日

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