小説 川崎サイト

 

老探偵のお出まし


 古川は重大な事件の捜査のため、久しぶりに都心に出ることになった。犯罪捜査の御大だ。現役からは退いているが、彼の知恵を借りたいと思う人は多い。今回も、そのためのお出ましだ。
 犯罪捜査の第一人者にしては小さな家に住んでおり、そこから駅までの道を古川は歩いて出る。駅から都心まで一時間半。タクシーを頼むと結構な額になる。それに捜査を引き受けるかどうかはまだ考えていない。
 駅までの道はよく散歩で歩いているが、若い頃なら十五分で行けたが、今は倍かかる。これはゆっくりと行くためだ。急ぐ必要がない散歩なので、道沿いの草花を見付けては小さなデジカメで写したり、川を覗き込んで何がまだ生き残っているのかを見たりしている。これは子供が小さな排水溝のような川へ入り、網で何かをすくっているのを何度も見たためだ。しかし、透明な容器の中にどんな獲物が入っているのかが分からない。小さすぎるためと、古川の目が悪いためもある。川魚がいるはずはないので、虫かもしれない。
 流石にその日は用事があるので、余所見しないで、さっさと歩いた。
 改札前の自動券売機で都心までの切符を買う段になって、料金を忘れてしまった。よく値上がりするためだ。それで値段表を見るが、文字が小さい。上に路線図がかかっており、それで確認するが、これも文字が小さく、自分のいる駅さえ発見できない。仕方なく眼鏡を取り出し、それでやっと料金が分かった。値上がりしていなかったようだ。
 ホームへ上がる階段があり、数歩上っただけで足が吊った。次の一歩が出ない。運動不足ではなく、緊張しているのかもしれない。久しぶりの捜査のため。
 足腰は特に悪くはないので、まだ杖は必要ではないが、捜査上何か武器が必要だ。流石に仕込み杖は凶器なので、重い混紡がいいかもしれない。現役時代棒術を習ったことがあり、筋がいいと言われた。それで、ホームセンターなどで杖を探したのだが、どれも軽い。これでは打撃を与えられないだろう。刃物を仕込んでいれば別だが。
 それで、杖のことはそのままになっている。足が吊ったときなど、杖があれば、少しは楽になる。手すりのようなものだ。これはやはり早く手に入れた方が好ましい。
 ローカル線のためか、または昼前のためか電車がななかなか来ない。ベンチはがらんとしており、客そのものが少ない。本数が少なくて当然だろう。
 この駅は各駅停車の普通電車しか停まらない。そのため、特急や急行をやり過ごしてからでないと来ない。
 そして、かなり経ってから化け物のような色をした電車が入って来た。何事かと古川は驚いたが、観光用らしい。漫画のような絵が画かれている。
 車両に乗り込むと、妖怪電車らしく、お化けの絵やマスコットが吊されていた。流石にこれは朝夕のラッシュ時には出ないだろう。
 古川は乗るとすぐに居眠りを始めた。そして目が覚めたとき、そこが何処だか分からない。妖怪電車による、妖怪流しに遭ったわけではなく、都心部との中間にある駅で、この妖怪電車はここで終わるらしい。確かにこんな化け物電車で都心部には入れないだろう。それで、乗り換えないといけなくなり、電車から降り、横のホームで待つことにした。
 居眠っているところを起こされたわけではないので、目覚めは悪くないはずなのだが、どうも頭がしっかりとしない。
 古川は売店でコーヒー牛乳を飲み、目を覚まそうとした。しかしどうしたわけか、腹の具合が悪くなる。牛乳が合わなかったのだろうか。いつも飲むメーカーのものではなかったためだ。
 古川はトイレに駆け込もうとしたが、場所が分からない。聞くとホームにはなく、改札近くまで階段を上がらないといけないらしい。
 その階段がきつく、足がまた吊った。やはり杖が必要だ。
 結局古川は都心行きを諦めた。
 希有な犯罪事件、その発端にさえ辿り着けなかったようだ。
 
   了

 



2015年10月12日

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