小説 川崎サイト

 

八百屋神


 坂田は色々なものに手を出したため、仲間内から八百屋と言われている。八は八方と言うぐらい、数ではなく方角のことだろう。八方手を尽くして探したなどがそうだ。八百万となると、無限に近い数だ。八百なら、数えられるだろう。流石にそれだけの数に手を出したわけではないが、器用貧乏なのだ。器用だが貧乏なのか、器用の中身がぞんざいなだけか。器用にこなすが、出来はそれほどでもない。
 何をしてもこなせるのだが、大した仕事にはならない。そのため、ますます別のこと、違うことに手を出すが、それもすぐに先が見えてしまう。初級か中級レベルまでは行けるが上級は無理だ。
「的を絞ろうと思うのだけど、何を選べばいいのかが分からない」
「八百屋でいいんじゃない」
「やはり専門性が欲しい」
「色々やってきた中で、一番ましなのを選べば?」
「それが何か分からない」
「じゃ、評価だ」
「評価?」
「人に決めてもらうんだよ」
「人に」
「一番評価されたものが、君の本来の仕事だと思うけど」
「自分の好き嫌いじゃなく?」
「そうそう。仕事は世間のためにやっているんだ。世間がなくなれば、仕事もない。だから、世間が認めてくれているものを選べばいいんだ」
「世間って、誰だ」
「今まで関わった人だよ。数百人もいないだろ」
「絞ると十業種ぐらいだ」
「その中で一番評判が良かったのがあるだろ」
「ある」
「じゃ、それに絞るんだ」
「一番評判がよかったものはあるけど、もう飽きて、今じゃ好きじゃない。やる気もしない」
「しかし、それをやらせれば、他のものより上手かったんじゃない。ものになるとすれば、それしかないと、僕は思うけど」
「うーん、考えるなあ。自分が本来やりたかったことかどうかが曖昧なんだ」
「評価されるものが自分の本来だよ」
「人が決めるの?」
「多数がね」
「うーむ」
「自分のことは自分が一番よく知っていると思っているでしょ」
「当然だよ」
「案外他人様の方が本質を見抜いていたりする」
「そうかなあ」
「一箇所で懸命に頑張ることだね」
「最近それに気付いたんだけど、その一箇所の、箇所で迷っているんだ」
「だから、人様に決めてもらうんだよ」
「じゃ、君が決めるの」
「僕も、君にとっては人様の人だから、人様には変わりはないけど、僕一人の評価では片寄るだろ」
「そうだ」
「だから、漠然とした人様、これを世間様と言ってもいい。これは何処にもいるようでいないけど、君が考えている世間様でいいんだよ」
「え、余計に分からない」
「だから、世間で一番受けがよかったものを選ぶんだ。それが何かは君なら分かるだろ」
「ああ、少しだけましなのがある。あれが一番受けたなあ」
「それを続ければいいんだよ」
「でも、飽きたし、先へ進むほど面倒臭くなるしで、中断しているんだ」
「それは君が決めることじゃないんだ」
「世間様が決めるのかい」
「そうそう」
「君本来のものは、実際には無数にあるんだ。その無数は奥の方で繋がっているから、一つのことで集約させるんだ」
「難しい話はいいから、要するに一番受けたのをやればいいんだろ」
「自己満足で終わるより、他人を満足させることの方が大事なんだ」
「他人を満足させたことが自己満足に繋がるってことかい」
「その場合、ずっと他人を満足させ続けないと、いけないよ。八百屋からの脱出にはどれかに決めないといけない」
「八百屋じゃなく一屋か」
「一箇所懸命だよ」
「一所懸命だろ」
「そうそう」
 
   了

 



2015年10月13日

小説 川崎サイト