小説 川崎サイト

 

元気かな


 高中が自転車で歩道を走っていると、その先で止まっている自転車がある。対向自転車だ。すれ違うのは簡単なのだが、歩行者がいるため、その自転車は待機してくれているようだ。よくある光景だが、その自転車の老人がじっと高中を見ている。もう間にいた歩行者は通り過ぎたのだから、すれ違えるはずなのに。
 高中はまだすれ違えない理由があるのかと思いながら、その老人の顔を見た。帽子を被り眼鏡をかけている。見覚えがあるとかないとかの話ではなく、よくある顔でよくある自転車。それに高中は知っている人をこの幹線道路の歩道で出合うことは稀だ。その一人はこれから行く喫茶店の老人だが、お婆さんグループだ。その中の一人と顔見知りで、他の喫茶店でもたまに顔を見かけた。高中が通っていた喫茶店へその老婆も通っていたのだが、いつも二人か三人で来ていた。話したことは殆どないのだが、新しくできた喫茶店に都替えしたらしく。高中もその店へ行くようになったので、お互いに都替えの話をした程度だ。その後は顔を合わせると挨拶程度はしている。
 しかし、今、目の前にいるのはお婆さんではなく、お爺さんだ。
 その年代の知り合いとしては、小さな喫茶店のマスターがいる。もうその店へは行っていないので、顔を合わせても互いに知らぬ顔になる。それ以前にそのマスター、目を合わそうとしない。マスターがこの歩道を走るのは夕方で、買い出しに行っているのだ。翌日のランチの定食用の食材を。
 この二人以外、この道で出合う知り合いはいない。
 高中は誰だろうかと、見当を付けようとしたとき、その老人は顔を緩めた。向こうは知っていて、こちらが知らない相手かもしれない。しかし、すぐに見当が付いた。旧友だ。たまに思い出すことはあるが、昔の友達なのだ。この辺りに住んでいるとは聞いていたが、訪ね合うようなことはない。用事がないためだろう。
 高中はその老人から帽子と眼鏡を外してみた。すると、大川であることが判明した。
「元気かな」大川が話しかけてきた。
 この元気かなと問うたことがいけなかった。お互いに年を取り、悪いところが増えている。
 足が痛い、デキモノができて、それを切らないといけない。膝に水が溜まって往生した。高血圧なので、薬を飲んでいるがその薬が合わない。等々、この「元気かな」のひと言で、健康の話になった。
 大川は持病の他に怪我をし、自転車にしばらく乗れなかったようだ。ゆっくりなら歩けるので医者には行ける程度。それが治りがけなのか、やっと自転車に乗り、町をウロウロできるようになったとか。
 そして「今、どうしてる」などにいく前に、そこで別れた。今も特にこの二人、用事がないため、合うような約束はしなかったが、この道ですれ違う程度のことで、もう十分なようだ。
「元気かな」で始まった立ち話は「達者でな」で終わった。
 

   了

 


2015年10月14日

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