小説 川崎サイト

 

貧乏宮


 妖怪博士は貧乏神が出たという依頼で、それを見に行くことにした。そんなもの、わざわざ出掛けなくても妖怪博士の家に居るのではないかと思われるのだが。
 その旧家、それほど遠い場所ではなく、郊外にある小さな町だ。まだ田畑が少し残っている。その蔵に貧乏神がいたらしい。
 発見したのはその屋の青年で、蔵を整理中、二階で発見している。この青年は蔵の二階に小部屋があり、物置のわりにはスペースが空いているため、そこを書斎にしようとしていたのだ。二階が空いているのは大きな物を上に上げるのが大変なためだろう。
 妖怪博士はその蔵の二階で、青年に貧乏神を見せてもらった。
 発見したのはこの二階ではなく、その上にさらに屋根裏がある。そこへ上がる梯子があり、これは蔵ができたとき、一緒に作ったものだろう。旧家と言っても母屋などは既に建て替えられており、江戸時代から残るような建物は、この蔵程度になっている。
 この旧家が、この地に住みだしたのは江戸時代始めのことで、蔵も当然当時のものではないらしい。蔵は都合三棟あったようで、裕福な家だ。農家をやる傍ら商売もしていたらしい。
 さてその蔵の二階の上にある屋根裏部屋だが、青年は当然その存在は知っていた。ここはもう整理するほどのものはなく、二階よりも物は少ない。この蔵の見取り図などは当然ない。それを見なくても、二階よりもスペースが狭いことに気付く。中は埃と蜘蛛の巣だらけのため、あまりいたくない場所だ。
 最初は床面積の狭さに気付かなかったのは、物が立てられていたり、積まれていたため、全体が見えなかったため。
 整理する必要はないのだが、一応どんな物があるのかを確認しているとき、少し狭いと感じたのだろう。
「隠し部屋でしたか」
「そうです。妖怪博士」
「貧乏神がその中で住んでいたわけですな。隠れ住んで」
「それがこれです」
 妖怪博士は目の前にある鳥の巣のようなものを見ている。小さな祠なのだ。
「どうぞ確認して下さい、博士。いや、鑑定を」
「これは祠と言うよりお神輿のようなものですなあ」
「そうです。担ぐための角材が突き出ています」
「これは短いので、飾りでしょう」
「貧乏神は担ぐものですか」
「うーむ、何とも言えんが、中を見ていいですかな」
「はい」
 本体は家のようになっており、扉がある。妖怪博士はそれを開けた瞬間、身体を引き、後ろ手を突いた。貧乏神がいたからだ。
「鏡ですか。御神体は」
「はい」
 妖怪博士が驚いたのは自分の顔が写っていたためだ。
「よく曇りもしないで見えたものだ。古い物ではないのでしょう」
 鏡の後ろの板に貧乏神と書かれている。そのままだ。
「この貧乏神について家の人は何と」
「知らないと言ってます」
「蔵というのは裕福な印、その蔵の屋根裏部屋のさらに隠し部屋の中に、貧乏を封じ込めた、と言うことでしょ」
「そうですか」
「マジナイでしょうかなあ」
「はい」
「貧乏神という言葉、これがいつ頃から使われたのかは分かりませんが、疫病神の親戚でしょう」
「疫病神」
「元々は流行病、伝染病のことでしょ。疫病と貧乏を引っ掛けたのかもしれません」
「どういうことでしょう」
「貧乏は移ると言うことです」
「感染すると」
「そうです。その貧乏封じが、この神輿のような貧乏宮です」
「貧乏宮」
「商家などでは、今でも商売繁盛のエビスさんなどを飾っているでしょ。笹などを」
「はい」
「あれは福を招く積極的な行為ですが、貧乏神を裏祭りするのは消極的ですが、貧乏にならない程度の繁栄を願ったものです。非常に控えめな」
「はい」
「この家が江戸時代から今日まで続いたのは、そのおかげかもしれませんから、元のところに仕舞い込んでおくのがよろしいかと」
「そうですか」
「貧乏は弄ってはいけません。弄れば弄るほど貧乏は深くなる。だから、お参りしてはいけません」
「わかりました。しかし、一つだけ分からないことがあるのですが」
「何ですか」
「御神体が何故鏡なのです」
「特に形が無ければ鏡です。石でもいいのですがね。また、この小さな宮だと、扉を開ければモロに鏡が見えます。当然、自分の顔が写ります。その顔が実は貧乏神なのです」
「はあ」
「あなたも見られたでしょ。自分の顔が写っているのを」
「いえ、上から見たので、よく見えませんでした」
「あ、そう」
 妖怪博士は自分だけが貧乏神が見てしまったようなので、少し不安になった。
 鑑定料は微々たるもので、帰り道、天麩羅定食を食べると、いくらも残らなかった。あの家はやはり上手く貧乏を封じているようだ。
 
   了




2015年10月16日

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