小説 川崎サイト

 

宇杉山


 宇杉山は、山奥とされている。山の奥だ。奥山のため、あまり人は入り込まない。山奥に引っ込んで、そこで俗世から離れて暮らそうと、北村は宇杉山に入った。引っ越しだ。そのため、俗世のしがらみは持ち込まないで、背負える程度の荷物だけ。もう浮き世と縁を切ろうとしたのだろう。
 正に山奥に籠もってしまうとはこのことだ。宇杉山は里からは見えない。決して高い山ではなく、単なる山奥にある山だ。そのため、いくつもの山を越え、最後の山里で一泊し、もう人が住んでいない奥山に入り込んだ。
 しかし、宇杉山は山奥として知られており、そこに山寺がある。こんな山奥によくそんな寺を建てたものだと感心する。材木などを運ぶのは大変だったろう。それほど高くはないが宇杉山の頂上近くの峰に建っている。さらに宿坊もあり、それが並ぶ通りには一寸した店屋もある。寺と里を結ぶ宇杉道があり、山道だが急坂を避けるためか、結構迂回している。大きな荷を運ぶための滑車があるし、当然吊り橋も架かっている。
 北村が宇杉山を選んだ理由ははっきりしない。山奥の山として名が知られていたためだ。北村の先輩も世を捨て宇杉山に入っている。
 里から宇杉道を進むうちに、意外と道がいいのに気付く。道なき道を草を分けながらでないと進めないのかと思いしや、そうではない。深山に分け入る決心でいたのだが、違っている。
 しかし北村は何もない山で暮らすとは最初から思っていない。山寺があると聞いていたので、そこに寄宿するつもりだった。または、その近くに庵でも結び、静かに暮らそうと。
 その小さな山寺が、今では総本山宇杉寺となっており、山頂に宿坊が軒を連ねている。北山はそこまで知らなかった。隠者や山籠もりの人が増えたためだろう。
 葛折りを登りきると山頂の尾根に出た。尖った峰ではなく、結構平らだ。その峰の奥に宇杉寺の大伽藍があり、甍が見える。峰沿いにも瓦葺きの家々が立ち並んでいる。一寸した町なのだ。正に天空の寺。
 北山がそこに足を踏み入れたとたん、法被を着た人達が寄ってきた。宿屋の客引きのように。
 結局北山は豪華な宿坊に泊まったのだが、その宿賃が里よりも高い。山の上なので、食材などはない。だから、その運搬費などで経費がかかるのだろう。
 夕食は精進料理風だったが、鳥や鹿の肉も出ていた。山菜料理は季節にならないと、無理らしく、漬け物が多かった。
 食後、寺までの沿道を歩いてみたが、店屋も多い。日用品などを普通に売っている。峰から少し下ったところにぽつりぽつりと屋根が見える。これは個人の庵だろう。宿坊でも住めるらしいが、結構な値段がする。
 宿坊の番頭さんの話によると、今のところどの庵も詰まっているらしく、空きがないようだ。宿坊住まいの人や、里で予約を入れている人も多いため、入居は難しいようだ。
 夜になると、三味線の音がする。外は暗いのだが、尾根の裏側に提灯が見える。結構明るい。妓楼らしい。
 山奥で隠者のように暮らす。なかなか難しいようだ。
 
   了

 




2015年10月17日

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