小説 川崎サイト

 

庚申の夜


 少し辺鄙な場所。決して山里でもなく、田舎でもない。大きな平野内にある町だ。電車の便が悪いのは最寄り駅が多いためだ。そのワンルームマンション、不動産により、最寄り駅が違う。竹田はそこに引っ越したのだが、三つか四つほど駅がある。駅だらけではないかと思われるが、実はどの駅も遠い。バス停もかなり歩くことになるし、そこから駅まで、もう一度乗り換えないといけない。これは駅まで自転車で行った方が早いが、どの駅も遙か彼方にある。つまり線路に遠巻きに取り囲まれているような町なのだ。そのためか、家賃が安いので竹田はここに引っ越した。
 ある日、年寄りが来て、助けてくれと頼まれた。ワンルームマンションといってもアパートのようなもので、誰でも出入りできる。
 訪ねてきた老人は地元の人だった。町内会に入れと言ってきたのかもしれないが、それならこのマンションのオーナーが入っていればそれでいいだろう。それに独身の一人暮ししか住んでいない。公園の草むしりや、ゴミの当番など、できないだろう。
「助けてくれ」とは「来てくれ」だった。正確に言えば参加してくれと。しかも夜中だ。できれば朝方までいてくれと頼まれた。酒や御馳走も用意しているとか。
 今では年に一度の行事になってしまったが、それさえ淋しいものになっている。昔からある祭りとか行事のようなものだろう。
 祭りなどで、神輿の担ぎ手がいないので、手伝ってくれ、なら分かるが、年に一度になってしまったらしいので、年に何回かある行事のようだ。
 大した支度はいらないので、普段着のままでいいらしい。座っているだけでもいいとか。だから、今すぐにでも来てくれと竹田は頼まれた。もう夜も更けている。こんな時間から何があるのだろうかと不審がったが、老人の名刺を見ると、村の世話役となっている。周囲は殆ど住宅や工場になっているが、ぽつんぽつんと農家がある。そこの人だろう。
 分かりにくい場所にあるので、案内してくれるらしく、竹田は老人のあとを歩いた。夜空に丸い大きな月が出ている。遠い場所ではないらしいが、初めて入り込むような細い道だった。今では裏道になっているが、昔の農道だろう。その奥に大きな銀杏の木が立っている。公園ほどではないが、一寸した広場だ。そこに神社とも寺とも分からないお堂がある。寺でも神社でもないらしい。しいて言えば祠の巨大なものだ。そのお堂から明かりが見える。鳥居のようなものはないが、石柱が二本立っている。
 お堂に近付くと、がやがやと人の声が聞こえる。
 案内されるまま、中に入ると狭い場所で何人もの人達が車座になって飲食している。飲みつぶれて、脇で寝転がっている人もいる。
 竹田は席を作ってもらい、そこで酒盛りをした。用事というのはそれだけらしい。
 竹田は人数を数えると自分も入れて十二人だった。竹田を案内した老人は、どうやら世話役筆頭らしく、上座に着いている。その後ろに古めかしい掛け軸がかかっていた。
 竹田と似た年代の青年が横にいたので聞いてみるが、何の絵かは分からないらしい。仏画のようにも見える。青年は大津絵ではないかと適当なことを言った。そういう名を知っているだけでも大したものだと竹田は思った。
 男達はよくある居酒屋のように、雑談している。世間話が殆どで、この行事の話ではない。
 横の青年も、竹田と同じように呼び出されたらしい。飲み放題食べ放題だと。それ以外、何もないからと。
 絵の話をしていると、木の瘤のような顔をした純朴そうな老人が、あれは庚申さんだよと教えてくれた。
 横の青年が、ああ猿ですかと言っただけで、それ以上の知識はないようだ。
 世話役筆頭も飲み始めている。もう人数が足りたのだろう。何故十二人なのかは分からないが、昔から村の代表格の家が十二家あり、このお堂も十二人が座れるようになっているらしい。
 竹田はあとでネットで調べると、庚申講だったようだ。この地方では、村の夜の商工会議所のようなものだったらしい。
 
   了

 




2015年10月19日

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