小説 川崎サイト



コミュニケーション

川崎ゆきお



 冬の雨が降っている。雪にならないだけ暖かいのだろうか。雪なら寒さに対して諦めがつく。しかし雨で寒い夜は中途半端だ。
 光造は真夜中の町内を傘も差さず、カッパも着ないで自転車に乗っている。
 雪なら払いのければよいが、雨は上着を濡らし、ズボンを濡らす。濡れた冷たさがズボンから肌に伝わってくる。
 こういうとき光造は濡れたおむつを思い出す。冷たくなり、機嫌が荒ぶる。赤ん坊なら泣き出すところだ。
 光造は目指す場所で自転車を止める。既に燃えないゴミが出されている。
 電気ポットとミキサーを自転車に乗せる。同じ家から出たのかもしれない。
 向こうから自転車が来る。光造よりはるかに若い。
 光造は睨みつける。
 青年は目を合わさず、電気ストーブを担ぐ。
「あとはやるよ」光造が言う。
「自分の物でもないくせに」
「ここは俺の縄張りだ」
「誰がそれを認めた」
「そうなってるんだ」
「ここはみんなの共有だろ。早い者勝ち、見つけ物勝ちだ。それが常識だよ爺さん」
「新入りがそんな口を利くのがルールか。それも常識か」
「爺さんが睨むからいけないんだよ。俺がなにしたって言うんだ。爺さんと同じだろ」
「新入りなら挨拶ぐらいせい」
「爺さんが睨むから、出来ないんだよ。他じゃ、すんなり行くぜ。お互い無関心だよ」
「睨んだわけじゃない」
「もういいよ、縄張りって言うんなら、これ置いてくよ」
「勝手にしろ。わしはそれはいらん。使わんから」
「使うって爺さん、売らないのか」
「電化製品が好きなんだ。家電の鬼と言われたこともある。自称だがな。見た通り落ちぶれてもう家電を買う金が無い。だから、ゴミの日を楽しみにしてるんだ」
「プロじゃなかったの? まあ、自転車で回ってる連中はセミプロだけどさ」
「使うんだよ。この前、拾ったやつよりこっちのほうが新しい」
「じゃあ、この電気ストーブは」
「わしのより古いから、あんたが持って行きな。興味はない」
 老人も青年も、コミュニケーションが取れたためか、気持ちが多少和んだ。
 だが、冷たい雨は降り続いている。
 
   了
 
 



          2007年2月20日
 

 

 

小説 川崎サイト