小説 川崎サイト

 

怪異モード


 幽霊が出たり、怪異が起こる場所がある。それが最初から分かっている場合、よく出る。逆に怪異が起こっていても、そういう場所でなかった場合、分からない。幽霊が出ていても気付かなかったりする。だからといって幽霊はミステリースポットまで行って、出るわけではないだろう。
 妖怪のツチノコも、いかにもツチノコが出そうな場所に出る。この範囲は広いので、野山里山に出放題となるが、目撃談が少ないのは、そういう噂のある場所ではないためだ。
 幽霊はいかにも幽霊が出そうな場所や時刻に出る。
「それは何でしょう」
「怪異モード、幽霊モード、ミステリーモードに入っているからじゃ」
 妖怪博士がミステリーファンに説明している。妖怪博士として知る人ぞ知る存在のため、一部の人が話を聞きに来るのだ。
「何ですか、そのモードは」
「そのモードに入ると、センサーが強く働く。これは特殊能力ではなく、一寸した観察力のことだが、それを多く働かせる。妖怪なら妖怪に関する何かがないかと見回したりする。普段の見方とは違う見方のモードに入るのじゃ」
「そうですねえ。幽霊や妖怪を探しているとき、そればかり気にしていますし、色々と想像しています。遭遇したときのことなども」
「君は妖怪がいると思いながら見回したりしているのかな」
「はい、妖怪がいそうだなあと思いながら」
「見ましたか」
「いいえ」
「だが、気配のようなものは感じたはず」
「そうなんです」
「まあ、自然の豊かな繁みとか、異様な岩肌が露出していたりする場所だと、幽玄モードに入り、同じ木々草花岩や石、渓流を見ても、見え方が少し違う。ましてや、そこに妖怪が出たなどの噂があれば、センサーはさらに強くなり、何でもないものまでそれに関連付ける。だから怪異スポットほど目撃談が多い」
「そうですねえ。同じ場所でも違う用事で行ったときは、見るものも感じるものも違ってきますねえ」
「たまに見たこともないような珍しい鳥が急に飛び立つ姿を見たりすると、これは効く。実際にはその辺りに棲息している鳥だろうが、初めて目撃することも多い」
「はい」
「これは不安を抱いているとき、何を見ても不安な気持ちになるのと同じ。その不安で頭がいっぱいで、他のことはおろそかになったりする。楽しいことがあっても心から喜べない。これは根の深い不安の場合で、解決せんようなタイプじゃがな。これは怪異現象とは関係はないが、怪異を求めている人はこれに近い面がある」
「名の知られたミステリースポットほど怪異が起こりやすいということですね」
「何もせんでも、勝手に起こるのだろうよ」
「しかし、ミステリースポットだと知らないで通りがかった人が怖いものを見たとかもあります」
「そんなスポットじゃなくても、怖いものといくらでも遭遇するだろう」
「え、普通の場所でも」
「そういう錯覚を起こしやすい場所がある。淋しい場所で、出そうな場所なら出る。出放題」
「でも全部錯覚なんですね」
「廃墟のような病院跡などには出るが、そこを取り壊して今風な建物にしてしまえば出ない」
「場所が大事なのですね」
「それと言い伝えや、噂じゃ」
「はい」
「そういうのが前もって知識として入っていると効果大」
「錯覚かもしれませんが、本当に幽霊を見た人もいます」
「ああ、それは私の専門外だ。別のものを見たのだろう。それは幽霊とはまた違う現象じゃ」
「何を見たのでしょうか」
「その人のオリジナルモードに入ったのだろう」
「博士は妖怪も幽霊も全て錯覚だと」
「そんなことは言っておらん。太古からいるものはやはりいる。ただ、私らが想像しているモードではないかもしれん。そういう括り方とは別の存在の仕方のようなものがな」
「はい、有り難うございました」
 彼らが帰ったあと、妖怪博士は少し言いすぎたことを恥じた。妖怪博士も、怪異モードに乗ってしまったためだろう。
 
   了

 

 


2015年10月22日

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