小説 川崎サイト

 

錬霊術


 昔の錬金術師は一種の科学者だ。占星術者も天文学者だろう。
 錬金術師は物質に強い。物理学や化学にも通じていたに違いない。当然薬なども。その中から精神的なものを物質的なものとして捕らえる心霊学者が出て来ても不思議ではない。今考えると有り得ないが。
 ある物質を金に換えるのは金は少ないから値打ちがあるためだ。大量に出ると、値打ちはない。また金に代わるもので代用できるのなら、金はいらない。金の特徴がそのままあればいいのだ。
 岩上博士はいかにも胡散臭い人で、秘蔵のシャーレをいくつも持っている。その中には金の枠組みのシャーレもある。シャーレとは透明な薄い皿のようなもので、蓋もできる。
 小さな洋館の地下室の奥に、このシャーレが多数保存されている。そこに霊が入っているらしい。シャーレの中には水が入っているが、色が付いていたり、濁っていたりと様々だ。
 霊を発生させる。これが錬霊術で、岩上博士はその第一人者だが、二人目の人はいない。
 シャーレの中には霊がいる。しかし、いるかどうかは曖昧で、霊媒師や霊能者に見せても分からないらしい。霊が小さすぎるのかもしれない。しかし岩上博士は入っていると信じている。
 最初からシャーレの中に霊がいたわけではなく、フラスコやヤカンとか、蒸し器とかで霊を取り出す。燻製を作る器具もある。そうやって色々な工程を経て最後に取り出した水のようなものをシャーレに移して保存しているのだ。
 岩上博士は、シャーレ内の水に指を入れ、なめたことがある。いい出汁がしていたとか。
 元になるのは古い屋敷の瓦の裏側に付着しているものとか、神社や寺の縁の下の柱や桟などに付着しているものを煮込んだりしている。そのとき出る湯気をフラスコなどに入れ、最終的にはシャーレに入れて保存している。少し標高の高い山中の地下室にあるため、この部屋は冷蔵庫のようなものだ。
 しかし、シャーレの中の水の色が変わったりする。顕微鏡で見ると、雑菌がウジャウジャいる。
 そこに霊がいることは物理的に証明できないが、他のシャーレを近付けると水が波立ったりする。持ち方が悪く、揺らすためではない。霊と霊とか反応しあっていると見ている。
 動物の骨や血などは使わない。古い建物に付着しているものが良いらしい。いずれも人工のもので、石垣でもいい。これは人の霊が欲しいためだろうか。
 とある心霊研究家がシャレーをたまに借りに来る。幽霊屋敷などに持ち込むのだ。霊がいるときは、このシャーレを見ると羅針盤のように波だったりするためだ。
 しかしどう考えても、何かの振動で水面が一寸変化しただけのことかもしれない。水平に持ち続ける方が難しいため、どこかに置いて観察するのが好ましいようだ。そこで霊度計を編み出した。霊の振動を計るのだ。
 霊を取り出す錬霊術。岩上博士一代で終わるようだ。
 そして錬金術のように、その副産物は、まだない。
 
   了

 



2015年11月1日

小説 川崎サイト