小説 川崎サイト

 

カレーダカレーダ


「カレーだカレーだと言っていたようです」
「食べるカレーですね」
「そうです」
「カレーが好きな人の話ですか。カレーで喜んでいるように見えますが」
「そうじゃなく、これはお芝居でしてね。カレーを食べているシーンなのですが、皿も何もない。食べている振りをしているのです。カレーを食べている振りをする話じゃないですよ。芝居の中の話とはいえ、カレーを食べていることになっているのです。しかし、皿もないしスプーンもない。だから、説明しているのです。カレーだ、カレーだってね」
「はい状況が分かりました」
「私はそれを見ていて、最初カレーだカレーだの意味が分かりませんでした。あのカレーのことを言っているとは思えなかったからです。しかし、何かを食べていることは分かっていました。このカレーだカレーだは何人もの子供が連呼しています。実際の役者は大人ですが」
「はい」
「耳にはカレーダカレーダと入って来ます。何を叫んでいるのかが分からなくてね。それで、これは枯れ枝ではないかと解釈しました。しかし、家の中で枯れ枝枯れ枝という必要性が何処にあるのか、また枯れ枝はその後出て来ません。カレーもそうです。本当はカレーだったのですが、そのカレーも、この芝居でのキーワードでもなかったようです」
「じゃ、何だったのですか」
「何か食べているってことですよ。しかし、食器なしでやってますから、説明しながら食べていたのでしょうねえ。それだけです」
「それが何か」
「このお芝居とはまったく関係がないのですが、カレーダカレーダと多数の子供が連呼しているのが印象に残りましたねえ。このシーンでは大した意味はない。もう忘れましたが、久しぶりに食事をしたのでしょうか。または単なる食事シーンだったのかも。そして連呼している子供達は背景のようなものでして、芝居の本筋は手前の人達が進めています」
「所謂食事時の話ですね」
「はい。そして、その説明のため、カレーでも何でもいいんでしょうねえ」
「それも必要な演出だったのでしょ」
「いや、黙って後ろでいるより、何か仕草をさせたかったのでしょうねえ。ひもじいとか、そう言うことでもなく、カレーが珍しいというわけでもなく」
「ほう、それで、その芝居、どんな内容でした」
「難しすぎて、よく分かりませんでした。今思い出せるのはカレーダカレーダだけです」
「ほう」
「私もたまにカレーを作ります。そしていざ食べようとしたとき、カレーダカレーダと思わず口にしたりします」
「凄く印象に残ったのですね」
「そうです。芝居の本筋などとはまったく関係なく」
「はい」
「それで、カレーを見る度に、またはカレーのことを思い出す度に、カレーダカレーダと私も言ってしまうようになりました」
「あ、はい」
「ただし声を出さないで、ですよ」
「はいはい」
 
   了



2015年11月4日

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