小説 川崎サイト

 

パンビタン


 沖山少年は監禁されていた。一晩だったようだ。学校の帰り、寄り道し、入ったことのない路地を抜け、見知らぬ街に出たとき、意識を失ったようだ。
 気が付けば物置のような部屋の柱に縛り付けられていた。そのあと、眠ってしまい、起きると見知らぬ街の片隅にいた。
 沖山少年はすぐに保護された。両親が捜査願いを出していたためだろう。しかし、偶然にしてはよくすぐに見つかったものだ。交番の巡査が巡回中に見付けた。
 少年の話から、誘拐事件だと判断された。
 少年にとり、見知らぬ街だが、隣接する街で気を失っている。何者かが何かをしたのだろうか。そして気が付けば物置のような部屋。そして柱。
 その柱は縄が回せるのだが、一本ポツンとあるのではなく、仕切りの戸か何かが開いていたのだろう。
 そこが何処だったのか、手がかりはない。
「納屋?」
「荷物が置いてありました。ゴザのようなものに包まれて」
「物置というより倉庫かな」
「紀州蜜柑と書かれた木の箱も積まれていました。備長炭の木箱もかも」
「よく読めたねえ、備長炭と。それで、他に何がありました?」
「他は分かりません」
「下は」
「下?」
「つまり、床はコンクリートか、板敷きか、畳か」
「コンクリートでした」
「天井は」
「コンクリートです」
「じゃ、その柱は」
「木でした」
「あ、そう」
「何か」
「いや別に。窓は?」
「ありました。窓は上の方にありました」
「窓から何か見えたかな?」
「夜の街です」
「どんな」
「ビルの窓とか」
「夜景かな。で、他には?」
「パンビタンと書かれたネオン看板が」
「え、今、何て」
「パンビタン」
「パンビタンだね」
「そうです」
 捜査はパンビタンに絞られた。話を聞いた警察官達もパンビタンなど知らない。しかしネオン看板が出ていたのだから、広告かもしれない。それで、パンビタンについて調べていると、年寄りの警察官が知っていた。ビタミン剤らしい。子供の頃、飲んだことがあるようだ。
 すぐさま屋外広告関連や、その製薬会社に問い合わせたが、パンビタンのネオン看板はもうないらしい。何処かに残っているかもしれないが、そんなもの宣伝しても電気代がかかるだけで、撤去しているはずだ。
 しかし、パンビタンのネオン看板の位置が分かれば、少年が窓から見た方角や角度などで、その場所が絞られる。どの程度の大きさで見えたのかで、距離も分かる。だが、そんな看板はないらしいとなると、話が違ってくる。
 少年は見知らぬ街に入ったとき、意識を失い、そして、発見されたときもその街だった。また、一度も犯人を見ていない。
 すると、少年が嘘を言っているのだろうか。やはり少年が一晩いた場所が何処なのかが問題になる。
 位置情報として、最も分かりやすいはずのパンビタンのネオン看板がない。それよりも、この少年、どうしてパンビタンと言ったのだろうか。
 本当にそれを見たためだろうか。
 少年は柱に縛り付けられた状態で、眠ったらしい。そして起きると街頭にいた。
 本当に誘拐した人間がいたのかもしれない。そうでないと、一晩明かした場所が問題になる。
 一人の警察官がその倉庫のような部屋にある窓は、窓ではなく絵ではなかったかと言い出した。
 少年は隣町で誘拐されたようだが、まだ夕方前だ。犯人は車で遠くまで連れ去ることができる。監禁場所は意外と遠いのかもしれない。そうなると、倉庫のようなビルの中の一室に該当する建物を探すとなると、大変だろう。
 捜査は行き詰まり、最後はコンクリートの部屋なのに木の柱がある建物をしらみつぶしに調べたのだが出てこなかった。そしてこの誘拐事件は曖昧なまま打ち切られた。ある警察官などは神隠しだろうと冗談で言った。
 それにしても、何故ビタミン剤のパンビタンだろうか。これは胃腸薬の強力ワカモトでもよかったような話である。
 
   了

 



2015年11月18日

小説 川崎サイト