小説 川崎サイト



我が家

川崎ゆきお



 ある酔っ払いの話だ。絵に書いたように酔って醜態を見せたわけではない。ただ終電で眠ってしまった。
 酔っていても通勤で毎日乗っている沿線だ。各停しか止まらない駅で降りるのだが、特急に乗ってしまったわけでもない。このあたりは意外と間違わないものだ。
 男は普通の勤め人で、普通にローンを組み、我が家を買った。
 終電まで飲むことは稀で、その夜は特別新鮮だった。盛り上がったのである。
 男は映画が好きだ。これもよくある趣味で、特別なものではない。その映画のコミュニティに参加し、半年が経つ。ネット上のサークルのようなもので、掲示板やチャットがあり、たまに書き込んでいる程度で、入り浸りというわけではない。
 男はネット上では人畜無害で、誰からも嫌われていないが、誰からも好かれていない。ただ存在していても邪魔にならない程度だ。
 これはこの男のホームポジションのようなもので、その位置が一番落ち着くようだ。
 遅くまで飲んでいたのは、オフ会があったためだ。サークルが出来てから一年経つ。まだオフ会はなかった。
 始めての顔合わせは、いつもと違うテンションで、男は飲み過ぎた。それほど楽しかったのかもしれない。
 会社の人間も友達も、そしてネット上での人間も、同じ人間なのだが、ネット世界から舞い降りて来た人間のように思えた。それが新鮮だった。
 男は終電間際まで飲み、ぎりぎりで電車に乗った。金曜の夜のためか、かなり混んでおり、座る場所はなかったが、数駅過ぎたあたりで目の前の人が立ち上がったので、うまく座れた。
 そこから男は眠ってしまったのだ。
 到着駅名のアナウンスで男は目覚め、ドアが閉まらないうちに降りた。
 いつもの駅であることをもう一度確かめる。間違いはない。
 男は改札を抜けた。
 そしていつもの道を歩きながら、オフ会での会話とかを思い出した。ネット上での印象と、リアルでの印象を比べる楽しさに浸った。
 問題はその後に起こった。ありえない事だった。いつもより道が暗いのだ。しかも明かりは電柱の外灯しか近くにはない。
 郊外の駅周辺はベッドタウン化しており、小さな家がびっしり建て込んでいるはずなのだが、明かりは遥か彼方に見えるだけ。
 まるで海原を行くような感じなのだ。
 周囲は田圃が平たく続いている。
 男は降りた駅を間違えたわけではない。また間違えたとしても、こんな風景はこの沿線にはない。
 男は自分はまだ電車の中で眠っているのだろうと思った。そう思わないと、いくら歩いても我が家へ到着出来ないからだ。
 
   了
 
 



          2007年2月23日
 

 

 

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