小説 川崎サイト

 

人徳のない先生


 秋吉は年老いてから誰も訪ねて来ないような暮らしをしているが、その一回り先輩の大垣は長老のまま今でも活躍し、当然訪ねてくる人も多いし、また色々な集まりに参加している。大長老なので、当然だろう。
 その誰も訪ねて来ないはずの秋吉の古屋へ若いグループが訪ねてきた。奇跡のようなものというより、場違いだろう。秋吉直参の家来のような連中ではなく、そこを飛び越えて、縁もゆかりもない若者達だった。
 秋吉はそれを見たとき、分かったような気がした。その風貌が垢抜けていない。何処か不都合のありそうな連中なのだ。
「私のところではなく、大垣大長老のところへ行けばいいだろ」
「あそこは選ばれし人しか近付けないのです。それに人数も多いですし」
「あ、そう」
「うちはがら空きなので来たのかね。まるですぐに入門を許しそうな落語の師匠のようなものかい。一人も弟子のいない」
「そうではありません。実は大垣大長老が嫌いなのです」
「私も若い頃から大垣さんは嫌いだった。だから、取り巻きにもならなかった」
「じゃあ、反大垣派ということで」
「別に反しても仕方ないでしょ。それにそんな態度じゃ逆に面倒なことになる。反は余計だよ」
「大高齢の大垣大長老が」
「大が多いねえ」
「いえいえ、大垣さんが活躍されているのに、まだお若い秋吉さんは静かです」
「静かとは、活躍していないという意味だね」
「そうです」
「まあ、それは人徳の問題でしょ」
「人徳ですか」
「大垣さんには徳がありそうだ。また、あるんだろう。人徳は人望、それで人が集まる。しかし、私にはそれがない。それだけのことですよ。だから、君たちはそんな私に近付いても損をするだけなので、帰りなさい。むしろ私の取り巻きになれば、変な誤解を受けますしね」
「あのう」
「何かね」
「そっくりなんです」
「何が」
「僕らと」
「何が」
「人徳、人望がないところが」
「ほう」
「この共通点は大事なんです。根本です。だから、人望のある大垣さんより、先生の方を尊敬します」
「尊敬されるようなことはやってはおらんよ」
「いえ、徳もないのに、よくやってこられたと」
「褒められていないと思うが。最初から不徳なので、ずっと不徳の至りっぱなしさ」
「いえ、褒めています。讃えています」
「しかし、私のような人間は傍流だよ。君たちは本流に乗るべきだ」
「それがなかなかプレッシャーで」
「若いのに若さがないのう」
「先生の若い頃とそっくりでしょ」
「ああ、そうだったかな」
「僕らは大活躍できなくてもいいので、ひっそりと先生のように暮らしていきたいのです」
「大垣長老のところへ行きましたか」
「行ってません」
「今からでも遅くはない。私が紹介状を書きましょう」
「いえ、無理です。大垣大長老に受けるには相当目立つようなことをしないとだめなんです」
「あの人は臭い芸が好きだからね。また一寸風変わりなのを好む」
「そんな芸、僕らにはありません。逆に先生の方が正統派なんです」
「正統も異端も、ボスの人気で左右されます」
「何でもいいですから、先生の直系にして下さい」
 つまり、子分が一人もいない秋吉なので、今なら直系になれる。本来なら、長老格の秋吉ならその弟子の弟子程度にしかなれないだろう。
 大垣大長老のところへ行けば、その弟子の弟子になるしかない。さらにその弟子かもしれない。これを、この若い連中は知っており、秋吉を狙い撃ちにしたのだ。
 しかし秋吉の直系、直参になったとしても、秋吉にはそれだけの力がないため、何の意味もない。
 これで、今まで活躍していなかった秋吉は、秋吉グループの鳩首となったのだが、集まってきた若者グループはガラクタで、しかも怠け者揃いの雑魚キャラだっため、特に活躍するようなことはなかったようだ。
 
   了



2015年11月23日

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