小説 川崎サイト

 

高僧の名


 小僧に毛の生えたような僧が山道を歩いている。実際に頭は剃ってなく、伸びるに任せている。長く山暮らしをしているため、保護の意味もある。髪の毛がないと怪我をするところだったシーンが何度かあるためだ。それでぼーぼーに伸ばしているわけではなく、目にかかると鬱陶しいので、適当に切っている。当然髭もそうだ。これは寒いとき、役立つ。
 その若い僧、若僧が今回訪ねて行くのは高僧のいる寺だ。この学識の高い高僧は一箇所にいない。
 山道が平らになり、一寸した沢に入ったとき、民家が見えた。田畑も少しだけある。
 若僧は高僧の名を知らない。噂を聞いただけ。それはこれまでも何度かある。これがこの若僧の修行方法で、スタイルだ。同じ場所で、じっと本を読んだり経を上げるのではなく、高僧巡りをしているのだ。そして高僧ほど名が知られておらず、また町にはいない。その殆どが山野に散っている。
「高僧がいると聞いたのですが、お寺はありますか」
「ない」山男のような男が応えるが、若僧もそれに近い扮装なので、仲間と思われたのだろう。
「私は僧侶です」
「そうなのか。しかし、寺などこの近くにはないぞ」
「高僧がいると聞いたのです。学識豊かな人で、この国一だと。この国の人ではありませんが、見た目は分かりません」
「ああ、たまに酒を買いに来る人かね」
「その人はお坊さんですか」
「そうだよ。頭を丸めている」
「御名前は」
「キンダマブッタさんだ」
「痛そうですねえ」
「他国の人だから、こちらの名前とは違うんだろう」
「その人はどこに住んでおられますか。寺ではないとすれば、この村に」
「いや、山の中腹に風穴があってな。昔は山の連中がたまに来ていたが、今はもう来なくなったので、その坊さんが入っているよ。修行しているんだろうねえ」
 男は若僧を見晴らしのいいところに連れて行き、山の中腹を指差した。風穴は見えないが、煙が立っている。
「有り難うございました。行ってみます」
「弟子になりたいのなら、酒を買って行きなよ」
「はい、そうします」
 若僧は竹筒と瓢箪に酒を入れてもらい、中腹へ向かった。
 酒はどぶろくで、竹味と、瓢箪味になるらしい。極上は椰子らしいが、滅多に手に入らないようだ。
 風穴までの道は付いており、迷うことはなかった。昔はここと里とを結んでいたのだろうか。山の人と里の人とが取引するために。
 風穴はすぐに見付かった。煙が立っていたからだ。まるで狼煙だ。
 高僧は芋を焼いていたらしく、落ち葉による焼き芋だった。
 若僧は竹筒と瓢箪を出した。
「下で買ってきたのかな」
「そうです」
「それは有り難い。里のは高いので、芋焼酎を造ろうとしていたところじゃ」
「はい」
「それで、何かな」
「弟子にして下さい」
「拙僧を誰だと思っておる」
「この国第一の学僧だと聞いています」
「そんなことは聞いておらぬ。拙僧の名だ」
「はい」
「はいじゃない。名も知らぬのに、弟子に来たのか」
「知っております」
「じゃ、言えばいいじゃないか」
「それが」
「どうした」
「痛そうなので」
 若僧はキンダマブッタとはどうしても言えなかった。
 
   了

 



2015年11月28日

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