小説 川崎サイト

 

ハッタリ


「物を変えると、少し自分が変わりますよ。これは自分の延長なんでしょうねえ」
「延長」
「機械や道具なんかがそうでしょ。言葉を文字に書くのは、言葉の延長。話すことの延長でしょ。そのために紙とペンが出て来た。当然、その前には木の札に書いたり、石版に刻んでいたかもしれませんが。木の札にしても、そんなもの落ちていない。木を切り取って平らにしたんでしょ。これは竹でもいい。墨もインクもそうです。最初から硯があったわけじゃないし、インクもそうでしょ。絵の具も。自分の爪でもいいが、大きな鳥の羽根、あれはストローのようになってますからね。だからペンになる。
「外形を変えたり、持ち物を買えたりするのがいいのですか」
「家になりますと、これは自分自身の延長じゃないかもしれませんが、雨風を防ぐ場所でしょ。洞穴でもいい。山がなければ地面に穴を掘り、その蓋が屋根になる。強引に言えば、皮膚の延長です」
「はい」
「いい家に住んでいると、それに合うような人になったりしますが、ならない人もいますねえ」
「身分不相応な、と言うのがあります。物負けとか、道具負けもありますよ」
「しかし、少し物を変えて、少しだけいいものにしてみなさい。少しだけそれに引っ張れます。物や道具類とご本人とは違うのですが、使い込んだ道具や物は自分の一部のようになるでしょ。延長なんです」
「冷蔵庫もですか」
「そうです。もうどこに何が入っているか、また、何処に何を入れるのかを知っている。だから、他人の家の冷蔵庫を覗いたとき、扱いにくいでしょ」
「それはただの馴染みだと思いますが」
「冷蔵庫は家と同じで、何の延長になるのかは分かりませんが、大きな冷蔵庫の方が豊かな気分になるでしょ。食物の在庫をそれだけ増やせますからね。冷蔵庫は自分の一部と言うより、中の物はいずれ自分の一部になるでしょ。胃袋の延長とまでは言いませんが」
「先輩は何が言いたいのでしょうか」
「だから、もう少しましな服装で出社できないのかね」
「はあ」
「そんなみすぼらしい服装だから、発想も貧弱で貧乏臭い」
「ああ、そうでしたか」
「背伸びをしろというのではない。もう少しだけこましな服装はできないのかね」
「これはアンチテーゼです」
「何が、アンチだ」
「こんなアパレル系にいると、逆に目立っていいのです。これは嫌がらせです。アンチなんです」
「それも悪くはないが」
「背伸びをするのではなく、逆に後退気味に行く作戦もあるはずです」
「後退かね」
「先輩の説で言えば、延長ではなく縮小です。伸ばすのではなく引っ込めるのです。本来の自分と等身大ではなく、小身大です」
「それが君のスタイルなら、仕方がない。そう言えるのは、私自身今まで無理をしすぎた。身分不相応な物を多く持ちすぎた。確かにそれで引っ張られて、それにふさわしい人間になれたが、これはまあハッタリで成功したようなものだが、君には当てはまらないのなら、それでもいいよ」
「ハッタリの逆を行こうかと思います」
「悪くはないが、良くもないと思いますよ」
「あ、はい」
「私もこの年までハッタリ過ぎて、少し疲れたのでね。それに年を取ってハッタリを噛まして、失敗したとき、惨めだ」
「はい」
 
   了




2015年11月30日

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