小説 川崎サイト

 

家庭内の話


「家庭内の、ちょっとしたごたごたなのですが、聞いてもらえますか」
「聞きません」
「えっ」
「そんな固有のローカルな話など聞きません。興味がありませんし」
「それはまた、人付き合いの悪い」
「他の話なら聞きましょう。もっとグローバルな」
「うちの妻がですねえ」
「サイ。動物を飼っておられるのですかな。ああペットか。それもまた家族のうち。だから家族の話なのでしょ。サイが何かしでかしましたか」
「動物のサイではありません。それに家庭でサイなど飼えないでしょ。どこで売っているのです。売買を禁じられていると思いますよ」
「サイの角は高価で売れます。だから飼っているのかと思いましたよ」
「まあ、うちの妻が角を出した話なので、似ていなくはないのですが」
「ああ、家庭内のごたごた話は聞きません」
「はい、結構です。ではどういう話なら」
「もっと一般的な」
「家庭内の話は一般的でしょ」
「まず名前が出てくるのがいやなのです。米子とか、留子とか、そういうのを聞いた瞬間、臭いものを感じます」
「それはあなたの感性でしょ。一般の人は留子が臭いなどとは思っていませんよ」
「留子というのはだめです」
「それこそ一般性に欠けますよ。日本全国の留子を敵に回すようなものですし、それに留子がすべてそんな人物だとは限りません。あなたの知っている留子が臭かったのでしょ」
「留子が臭いのではない。名前が臭い」
「ほらほら、それこそあなたの方がローカルだと言うことですよ。自分の知っている範囲内で判断されている」
「しかし、家庭内の話は聞きたくありません。サイの次は息子が出てきたり、娘が出てきたり、おじいさんが出てきたり、近所の人が出てきたり、大久保の叔父とか、根岸の姉さんとか、蒲田の兄とかが出てくるのでしょ」
「そんな土地に親戚はいません」
「それで、根岸の姉がどら焼きを土産に遊びに来たとか」
「だから、根岸に姉なんていません」
「じゃ、どんな話ですか」
「聞く気になってくれましたか」
「ああ」
「うちの妻が旅行に行きまして」
「ああ、そこまでです」
「まだ、何も話していませんが」
「あなたのサイのような妻が旅行へ行った。もうそこまで聞けば十分です」
「そうですか」
「これでも聞いた方ですよ」
「私、喋った気にならないのですが」
「だいたい想像がつきます」
「旅行に出て、トラブルに巻き込まれたのです」
「それはすごい事件ですかな」
「いいえ、観光バスで行ったのですが、置き引きに遭いましてね」
「あなたの妻が、何かを盗られた」
「妻の鞄は無事です。同席のツアー客です。その人の鞄が消えました。それで、妻が疑われたのです」
「そんなことはないでしょ」
「あるんです。その盗まれた人が、妻が怪しいと言い出したのです」
「どうして」
「だから、妻の人相が悪いためです」
「サイの妻ですからねえ。しかし、盗んだとしても、何処に隠したのでしょう」
「そうなんです。バスの中ですよ。隠し場所がない。まあ、トイレ休憩で、外には出ますが」
「結局それは、その人の勘違いで、置き引きじゃなく、何処かで忘れたのでしょ」
「そうなんです。よく分かりなしたねえ。バスの中にもトイレがあるんです。そこに置き忘れただけ」
「それで終わりましたか。しかし家庭内のトラブルじゃなかったですよ」
「あなたがいやがるので、別の話にしました」
「ああ、それは気を遣っていただいて、ありがとう」
 
   了

 



2015年12月2日

小説 川崎サイト