小説 川崎サイト

 

外読みの人


 滝田は本を読む。読書家だ。しかし自宅では読まない。喫茶店で読む。そこを出ると、座れるような場所で読む。電車にも乗る。目的地はない。車内で読むのが目的で、風景などは見ていない。しかし、本の周辺に風景は見えている。しかし活字を追っているため、その風景は見ていないのと同じだ。
 真北はいつも行く喫茶店で、この滝田を毎日見ている。特に変わった人、不審な人ではない。本をいつも開いて読んでいるだけの人で、よく見かけるパターンだが、最近はスマホが多くなった。また、喫茶店で何もしないで、じっとしている人の方が不審だろう。
 喫茶店は迷路のようなションピング街にある。真北は喫茶店から出て、トイレに行った。これは寄り道になる。いつもの出口から少し遠い場所にあるため、用を足した後、いつもとは違う出口へ向かった。すると、そこにある休憩椅子に坊ちゃん顔の滝田がいるのを発見する。
 滝田は行儀良く座り、本を読んでいる。先ほどまで喫茶店で読んでいたのに、またここでも読んでいる。それならずっと喫茶店で読んでいればよかろうものだと真北は思うのだが、そうではないようだ。
 それは喫茶店内での滞在時間の問題だろうか。一般の喫茶店客の平均滞在時間程度で、この滝田は出るようだ。別に喫茶店内で長時間読書をしても文句を言うような店ではないのだが、たまに勉強お断りの張り紙のある店もある。
 真北は休憩椅子にいる滝田を確認後、出口へ向かったのだが、電池が切れていたことを思い出す。玄関のチャイムの電池だ。それが切れている。それで鳴らない。それで家電店へ寄ろうしたが、階や棟が違う。同じ敷地内だが遠い。一番近い場所で電池を売っている場所はコンビニだろう。だから、このショッピング街で探すより、帰り道、コンビニへ立ち寄った方が早い。しかしスーパーがすぐそこにあり、そのレジ前に電池が並んでいるのを何度も見ている。ここが一番近いだろう。そう思い、すっとスーパーに入った。いきなりレジへ行ったのだが、客がが並んでいる。
 仕方なくレジ待ち後、電池を買う。結構待たされた。品物はレジで並んでいるとき、手の届く距離にあり、近いのだが。
 それで、無事電池の問題は終わったので、帰ろうとしたが、滝田のことを思い出した。なぜか確認したかったのだろう。
 それで、休憩椅子のところに戻ると、滝田はいた。電池を買うのに時間がかかったので、かなり時間が経過していると思っていたが、そうではなかったようだ。
 真北は滝田を観察した。喫茶店で読んでいるときと同じ座り方で、きっちりと座り、背筋を伸ばしてハードカバーの本を読んでいる。身なりもしっかりしている。年齢は真北と同じ初老だろう。
 ページを繰るときに指が動く程度で、いくら見ていても変化はない。この場所も長く座ってられないだろう。常識の範囲内というのがある。喫茶店での滞在時間と同じで、適当な時間が来れば、立つのだろう。
 さすがに真北はそれ以上見張る気も、その意味もないので、もう帰ろうと、トイレのある方角へゆるりと歩いて行った。いつもの出口から出るためだ。
 真北は滝田が座っている前をそっと通った。
 そのとき、真北は痛いほどの視線を感じた。横を見ると、滝田の目がそこにあった。眼鏡の中の目玉は鯛の目のように見開かれていた。
 真北はどきっとし、急ぎ足で去った。
 滝田が目を見開いたのは、近くばかり見ていた後、活字から目を離し、急に周辺を見たので、目のピントを合わせ直すため、見開いたように見えただけだった。
 
   了
 



 


2015年12月8日

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