小説 川崎サイト

 

唐衣のお姫様


 唐山池は池か川かが分かりにくい場所で、上流から水が入り、そして出て行くのだが、その出入り口が狭いため、袋のような膨らみができ、池のようにも見える。
 土地の人達は唐山の淵と呼び、唐山池とは呼ばない。あれは池ではなく、川の膨らみ、瘤だと思っている。そこに淵の主がいる。
 それほど草深い場所ではなく、唐山の山々が里を遠ざけているが、高い山並みではなく、昔から山を越え、この山岳地帯に多くの人達が住み着いている。ちまちまとした田畑があちらこちらにあり、その一カ所ごとに村名がある。大きな村となるほどの広さがないためだ。
 一つの村など、一戸しか家がなく、庭ぐらいの耕作地しかなかったりするが、棚田の発想が、そもそもこの地方にはない。しかし、稲作が始まったのは、平野部ではなく、この辺りの穏やかな山々の隙間にある谷間だったようだ。そのため、かなり古い家が残っている。かなり昔から住んでいたような。
 この淵の主とは唐衣の天女らしいが、見た人はいない。唐の国のお姫様が、ここで身投げしたとか。
 そのため、この淵に一人で近付くと、引き込まれるとかの伝説がある。いずれも嘘で、土地の人もただのお伽噺として聞いているだけで、誰も信じていない。
 ただ、この淵は深く、お姫様に引き込まれなくても、危険な場所なので、そんな話を誰かが作り、子供を脅かすために使ったのだろう。
 唐衣の天女伝説の前には機織り伝説があり、こちらの方が織姫様として年代は古い。神代の時代の話だが、機織り屋がこの川の上流にあったらしい。
 ここでも美少女が出てきており、その顔かたちは里人のそれとは全く違っていたとか。
 いずれも作り話で、源流から先は奥山に入るため、熊などと遭遇する危険な場所なので、ここから先へは入ってはいけないと、知らせるだけの話かもしれない。
 この織姫も天女のイメージがある。庶民ではなく、高貴な人だ。
 さて、唐山の淵だが、日により透明度が違ったりする。かなり川底まで見えるときがあり、唐衣のお姫様が出なくても、結構神秘的だ。というより、隠れていた地形が見える。見慣れた淵なのだが、底を覗き込むと、ぞっとするような恐ろしさで、身震いするらしい。これは、魔界が開いているように見えるのだろうか。
 淵の主を見た人はいないが、見たこともない白っぽい魚が岩陰でじっとしていたりする。
 
   了



 


2015年12月10日

小説 川崎サイト