小説 川崎サイト

 

幽霊ソフト


 人がやることを機械がどんどんやっていくようになると、少し寂しくなる。それは、やりがいをあまり感じないのだが、楽といえば楽だ。道具や機械は人間の延長なのだが、延長させすぎると、その過程の味わいが薄くなる。その過程が面倒なので機械にやらせるのだが、最近の機械は道具のように愛着が感じられなくなっているのは、擬人化しにくいためだろう。それは形がもう人とはかけ離れすぎているためだ。
 機械の中の幽霊というのがあるらしい。言葉の上では何でもありだが、人間や動植物の幽霊は出そうだが、機械になると、これは単に化けるということだろうか。思うように動かなくなった機械のことを、そう表現することもあるため、やはり人間の延長として機械を捉えているのかもしれない。その方が分かりやすいためだ。
「パソコンなどに幽霊が出るとかは聞きますがね」
「何処に」
「モニターにです。まあ一番見ている個所はモニターですからねえ」
「見られましたか」
「ただのエラーです」
「じゃ、幽霊とは言いがたいですねえ」
「そうでもないのです。出るはずのないエラーが出たりします」
「でもエラー表示が出るわけですから、正常でしょ。そういうのは最初から仕込まれていて、用意されたものでしょ」
「そうですが、その次の段階があるのです」
「それはシステムやアプリケーションなどが全く用意していないような、見知らぬメッセージですか」
「そうではありません。表示の乱れです」
「それもあるでしょ」
「ありますねえ。幽霊とは言い難い」
「他にありませんか。機械の中の幽霊は」
「まあ、故障しかかっていたりすると、妙な画面になったり、頓珍漢なメッセージが返って来たりします」
「他には」
「パソコンや端末に、何か入っていたりしそうです」
「何かとは」
「憑依です」
「ほう」
「特にデジタルものになってから、あっちの世界との相性がいいのでしょうかねえ、形のない世界でしょ」
「あちら側もそういえば形がありませんねえ」
「それで考え出したのが、この機械の中の幽霊アプリです」
「ほう」
「これはランダムに幽霊が出てきます。トリガーは複雑でして」
「トリガー」
「きっかけ、引き金のようなものです。始終幽霊が出てくるようではだめでしょ。いきなり、しかも予測できないときに出たほうが効果があります。しかもご本人と少し関係のあるような」
「何が出るのですか」
「だから、幽霊です」
「どんな」
「モニターに映ります。しかし、よく見ないと分かりません。モニターが鏡のようになって、自分が映っていることがあるでしょ。あの感じです。気付かない。うっすらとした絵だと思っていただけではよい」
「幽霊を仕掛けるわけですね」
「そうです。幽霊はそのたびに形を変えます。最初からそんな絵が用意されているわけじゃなく、自動生成です。だから、どんな顔かたち、スタイルになるのかは、機械任せです。これはパスワード自動生成アプリに近いのですが、パソコン内の情報を読んでいます。また最初に年齢などを登録する必要があります。カットアンドペーストなどのときに使う一時メモリ内も参考にしています」
「じゃ、大きなソフトですねえ」
「重いです」
「それは面白そうですが、何か意味はありますか」
「昔あったでしょ。熱帯魚を育てるソフトが、あれに近い変化をもたらせます」
「育てていた金魚が怪魚になると怖いですねえ」
「いきなり鮮明で、高画質の絵が画面いっぱいに出ることもあります。これは心臓に悪いですから、導入するとき、念書がいるうほどです。また、音も出ます。こちらの方が怖いです」
「何が狙いですか」
「世の中には予想外なことがいきなり現れる。これは狙いではありませんが、これを作った動機です」
「しかし、幽霊ソフトを入れたことを知っているユーザーは、予想外ではないでしょ」
「怖いものが出た後、あとで考えると、ああ、あの幽霊ソフトだったのかと、安心できます」
「すぐに発売してください」
「それがバグが多くて、この幽霊ソフトそのものが暴走するのです」
「それこそ、予測不可能な動きになるので、よろしいのでは」
「そうですねえ。カオス好きにはたまらん世界です」
「はい」
 
   了





2015年12月12日

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