小説 川崎サイト

 

政治の季節


「季節外れの暖かさ、というのはだめですなあ」
「そうですか」
「季節外れの寒さもだめです」
「でも、それは人の力では何ともならないでしょう」
「そうですなあ。しかし物事には旬がある。この旬は季節なのですが、自然界の季節ではなく、人々の気分的な旬もあります。野に湧き出る機運とかです。この野とは野原じゃなく、全国各地のことでしょう」
「民意というやつですか」
「民意なんて、どうとでもなります。それに民って、何ですか、支配されている人々のことでしょ」
「国民とか、人民の民だと思いますが」
「いや、民とか市民とか言い出すと胡散臭い」
「はい」
「国民の半数以上が賛成しているとしましょう。これを民意のすべてが賛成しているわけではないので、反対している人が半数近くいることになり、民意なんて表していません」
「民意って何でしょう」
「民の中にも意見のない人もいます。この場合、意見とは何かと言うことになります」
「難しそうな話ですねえ」
「確かに民意的な野の声のような、沸き立つような熱気があるかもしれませんが、これには戒めの言葉が色々とあります」
「たとえば」
「付和雷同」
「はい」
「意見を言うには、それなりに調べた上でないとだめでしょう。しかし、そこまで根気よく調べる人は少ない。物事が分かった上でないと、意見など言うのはだめでしょ。さらに調べると、事情が分かり、何とも言えなくなったりします」
「だめが多いですねえ」
「お上の言うことに対しては、賛成するより、反対する方が格好がいい」
「うちの女将に対しては、私は絶対に反対しません」
「はあ」
「ああ、いいです」
「ただ、旬があります」
「はい」
「この旬は、今の季節に飽きてきたときに来ます。退屈なので、刺激が欲しい。ちょっと別のものが見たい。その程度のことを、大きな意味があるように言う輩が多い」
「誰でしょうか。田中さんのことですか」
「いや、村田さんのことです」
「村田さんは革新派で、進歩的で、反対ばかりやっている人でしょ」
「あれは、ポーズです」
「ほう」
「そろそろ、うちの会も政権交代の時期なので、それが狙いでしょう。今のうちから態度を表していれば、いずれ吸引力となり、受け皿になります」
「政権と言いますか、会長や幹部が入れ替わる可能性が近いのですか」
「はい、その兆候が出ています」
「そうなんです。今の会は腐敗しきっている」
「いやいや、私もあなたも、その恩恵を受けているはずです。だから、うかつにクーデターは起こせません」
「そうなんですよ」
「今より、実入りが減ると困りますからねえ。そのあたりの担保がないと、動けません」
「その時期はいつでしょうか」
「もっと不満を言い出す人が増えてからでしょう」
「はい」
「不満を言い出す人は、どんな組織にいても言い出すものです。これを意見と言ってますが、取り分の問題でしょう。犬がえさが欲しいので、キャンキャン吠えているのです。お里が知れます」
「じゃ、意見とは」
「だから、これは藪蛇になるので、綺麗事を言いすぎると、首を絞めます」
「じゃ、汚い事の方が合っているのですね」
「裏で、そういう密約ができ、取り分の妥協点が見つかれば、クーデターは出来ます。今のリーダーを追い出すには、その配慮さえ誰かがやれば、落ちます」
「いつですか」
「さあ、それは来ないかもしれませんねえ」
「どうしてですか」
「名分が弱いのです」
「えさの取り合いですからねえ」
「そうです。だから、それを隠すためにも、筋の通った意見が必要なのですが、その作文がなかなか難しい」
「じゃ、無理ですか、政権交代は」
「いや、うちの会はなし崩し的に変わるのが通例です。今回も何となく入れ替わるんじゃないですか」
「じゃ、今反対している人達が天下を」
「いや、あの人達じゃなく、色目が分かりにくい人がとりあえずリーダーになるはずです。その繰り返しですから、ここは」
「新リーダーの方針は」
「そんなもの、ありません。その人はただの調整役でして、その後、また違う人がリーダーになります。しばらく、短期政権が繰り返され、回り持ちのようになります」
「じゃ、意見や論争は何だったのですか。闘争もありましたよ」
「ガス抜きです」
「はいっ。しかし、お隣の会では、クーデターが起こり、新政権が発足しましたよ」
「すぐに腐敗するでしょう」
「はあ」
「だから、あなた」
「はい」
「下手なものに便乗しない方がよろしいですよ」
「しかし、私にも意見があります」
「それは机上論でして、現実はそんな狭いところでは動いていません。または広すぎるかです」
「よく分かりません」
「物事をやるのはいいのですが、政治をやるのはおやめなさい」
「どうしてですか」
「政治など道楽者がすることですから」
「いえ、正義感で」
「それがそもそも道楽なのです」
 
   了

 





2015年12月15日

小説 川崎サイト