小説 川崎サイト

 

探していた解


 難解そうに見える解答は実は既に手に持っているのかもしれない。難解なだけに、色々と昔から考え込んでいたはずで、そのとき出した解答は、もう忘れているかもしれない。解答は出しても、実行していないためで、別の解答を出して、その場を乗り切った場合、最初の解答はもういらないためだろう。または役に立たなかったので、用済みのため。
「答えは己が知っておろう」とは師匠の口癖。この場合、難解なのではなく、答えは最初か分かっていた事柄だ。ただ、それを実行するのに躊躇する。他に口当たりのいい解答はないかと探すのだ。そのため、難解になる。
「答えは色々とあるのでしょ。一つじゃないのでしょ」弟子が聞く。
「答えが色々とあると困るだろう。選ぶのに」
「はい、困ります」
「だから、一つの方が動きやすい。だから、解答は一つでいいのじゃ」
「その一つはもう知っているわけですか」
「本人がな」
「いつ」
「いつとは」
「どの時期に」
「ああ、おそらく子供から大人になるあたりだろう」
「そんな早い時期に解答を出していたのですか」
「今、問題になっているような問題の解答とは違うが、考え方の発想がその頃、できておる。しかも今よりも鋭利に、そして深く」
「学生時代がそうでした」
「その頃は世界も広く、そして深かったはず。世界はさほど変わっていないが、頭の中での追い込みが深かったはず」
「ありました。あの頃の方が賢かったのですが、今の若者を見ていると馬鹿に見えますから、不思議です」
「君が若い頃も、馬鹿と見られていたのだろう。この世間知らずが、と言うようにね」
「はい」
「ところが三十も過ぎ、四十にもなろうとする頃には世界は狭くなっておる。世界は昔のままじゃが、発想がね。これを大人になったといい、大人しくなったという」
「大人を踏んでいますねえ」
「余計なことを」
「はい」
「人間の脳は楽な方へ楽な方へと行きたがる。頭の中でのアクセスを減らしたいのだろう。省エネを好む。それだけのことだ」
「それで、どうすればいいのでしょうか」
「だから、青少年時代に出していた解答を参考にすればいい。少しは覚えているでだろ」
「はい」
「そこが君の原石に近い。それを使うのがいい」
「考え直せとは、もっと前に考えていたところまで引き返せということですか」
「そうだね。未来は過去にある」
「解答は過去にあるのですか」
「人の悩み事や、人や社会が絡む問題の多くは、大昔とそれほどパターンは変わっておらん。同じことが繰り返されておる。だから、その大昔に出した解答が使えたりするのだ」
「歴史から学ぶということですか」
「そんな大きな問題じゃなく、君の話だろ」
「そうです」
「だから、個人史の話になる」
「僕の個人史ですか。そんな本はありません」
「個人史と言うより、ただの思い出でいいのだ」
「探していた答えは既に持っていたという展開を期待してみます」
「ああ、できるだけ若い頃に考えていたことの方が、新鮮で活きがいい」
「逆なんですね。古い方がいいなんて」
 
   了



 


2015年12月17日

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