小説 川崎サイト

 

投珠


 奥玉田村に名人、達人がいると聞いた僧侶が、草深い僻地へ出向いた。辺境は端だが、この村は山中にあり、よく考えれば、ど真ん中にあるが、中原と言わないのは、山岳地帯のため、原がないためだ。
 昔の人は結構うろうろしており、今の人よりも、辺鄙な場所まで踏み込んでいた。それだけの時間があるのだろう。
 山岳地帯なので田は少ない。奥玉田村となると、畑しかないが野菜ぐらいは育てられる。
 田がないのに玉田村と、田が付くのは、玉の田を意味している。玉とは珠のことで、石を磨いて丸くしたり、木を丸く加工し、それで生計を立てている。石や木はいくらでもある。
 僧侶がわざわざ訪ねて来たのは、ここの匠が作る数珠がいいと聞いたからだ。
 玉田村の数珠は既製品で、同じものを大量に作っている。一方奥玉田村の数珠はオーダーメードで、注文製だ。珠の大きさ、色目、石や木の質感まで指定できる。
 その僧侶が欲しいのは石の数珠ではなく、木の数珠だが、結構大きな玉だ。その大きさの数珠は町屋では売られていない。器用な人なら作れるが、僧侶がそんなことで時間を掛けるわけにはいかない。
 奥玉田村は谷の棚のようなところにあり、一見して砦のように見える。数家族が一緒に住んでいるようなものだ。
 その中に、この村の長老格の匠がおり、この人に僧侶は注文することにした。
「そんなに大きな数珠ですか」
「それを手首に」
「ああ、しかし大きいですから、重いですなあ。輪を小さくして、落ちにくくする必要があります。つまり、腕輪風にしないと落ちます」
「はい、よろしくお願いします」
 珠の直径は二寸。六センチ以上ある。そんなものを何個も手首にはめるとゴロゴロして仕方がないはずだ。これはよほどの高僧でないと、大玉は付けられない。匠が見た限り、依頼人の僧侶はまだ若い。それで、匠は何かを感じた。
「もう一つ、注文があります」
「別の数珠ですかな」
「いえ、糸です」
「ああ、重いので、丈夫なツタか革紐で作りますよ」
「そこは丈夫ではなく、切れやすいタイプでお願いします」
 これで、匠は確信した。
「分かりました」
 僧侶はその場で代価を支払った。
「下の村に業者が出入りしておりますので、完成すれば届けるようにします」
「お願いします」
 匠は僧侶が持っている杖を見て、もう薄々分かっていたのだ。僧侶に太くて重い金剛杖は似合わないと。
 結局できあがった数珠はビリヤードの球のようなものだ。
 紐を弱い目とは、引っ張れば切れるためだ。
 その僧侶、数珠の球を投げたという記録はない。練習はしていたと日記には記されているが、目的までは分からない。銭形平次の投げ銭に近いものだと思われる。
 その特大の、大玉の数珠、今もとある寺に寺宝として残っている。この僧侶、それなりの名僧になったのだろう。
 
   了



 


2015年12月18日

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