小説 川崎サイト

 

日和丘


 住宅街の少し山手に、日和丘がある。山の裾野ではなく、なだらかな丘陵だ。不思議とここは宅地が少ない。日和丘の真下までびっしりと家が建ち並んでいることを思えば、少し違和感がある。ただの丘で、しかもなだらか、簡単に宅地化できるだろう。
「寒くなってきましたなあ」
「夏場はここは暑くて寄りつけませんでしたがな。秋からこっちは、この日和丘がよろしいようで」
「はい、日向ぼっこには丁度ですが、今日のように風がある日はその限りではありません」
「しかし、ここは日当たりがいい。景色もいいし」
「家ばかりですがな」
「家にも木が生えておりますしね。ここから家々の庭木を見るのも楽しみの一つで、ほれご覧なさい」
「で、どこですか」
「これこれ」
 老人は単眼鏡を取り出した。結構大きい。
「これで眺めるのですよ」
「それは危ない。およしなさい」
「単眼鏡の方が安くて倍率が高いのです。それにほらご覧なさい」
 老人は覗くところを回転させた。
「でしょ。これで真上や真下を見るとき、楽なんです」
「でもおよしなさい」
「大したものは入ってきませんよ」
「庭木以外のものが」
「そりゃ、単眼鏡で追っているとき、窓の中なんぞ、見えたりしますがね。大したものなど覗けませんよ」
「それより、この日和丘、丘の神様がおられるようですよ」
「丘の神」
「山~さんのようなものですよ」
「じゃ、丘神ですか」
「この丘は山と繋がっていないのです。丘を越えると、また町だ。だから、この丘は島なんですよ」
「しかし、建物がないですなあ」
「そうなんです。私もここに引っ越してから二十年になりますが、以前のままです。それに、この丘、邪魔なんですよね。向こうへ行くための道がない。回り道になります」
「僕も十年前超してきたのですが、そう言われてみればそうですねえ」
 日和丘周辺の宅地は新興住宅地で、それまでは田んぼや果樹園だった。さらにその昔は桑畑だったようで、これは蚕の餌用だ、芋虫を育てて生糸を取るためだ。要するに絹の産地でもあったらしい。
「丘神さんって何ですか」
「原生林でしょ、この丘。そういうところには山の神様がいるんです。植林なんかで手を付けていない御山におられるのです」
「ああ、そういう神様ですか」
「そうです」
「何か目印、あります」
「頂上まで探索したのですが、大きな石が組まれていたとか、そういったものはありませなんだ」
「なかったのですか」
「はい」
「しかし、不思議ですねえ。これだけの宅地に囲まれながら、手付かずで残っているなんて」
「きっと地主がいるのでしょ。その人が手放さない」
「聞いたこと、ありません。誰でしょう」
「個人じゃないのかもしれませんなあ」
「あ、はい」
 老人は再び単眼鏡で、家々をなめました。
 それを少し上から覗いている視点には気付かない。
 二人の後ろ姿が鮮明に映し出されていたが、二人ともそんな視線は全く感じていないようだ。
 無人カメラのためだろう。
 
   了




 


2015年12月20日

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