小説 川崎サイト



時間給を食う男

川崎ゆきお



 平吉はやることが遅い。手が遅いのだ。職場で、そう思われているが、これは平吉の作戦だった。
 パートで来ている平吉は出来るだけ省エネに徹した。時間給なので、作業場でそれなりの動きをしていればいい。
 時間給は同僚と変わらない。同じ時期に入った山城は不満に思った。
 山城の半分以下の仕事ぶりなのだ。
 しかし、平吉は職場での受けがよい。半ば馬鹿にされているのだが、優越感を味わえるのか、誰も苦情は言わない。よほど美味しいのだろう。自分より劣っている人間がいることで安心感も味わえる。
 それも平吉の作戦だった。同僚や先輩、そして室長から厳しく小言を言われるが、聞き流している。言いやすいのだ。
 山城は内心平吉を嫌っている。だが、あの人に何を言っても仕方がないと最近思うようになった。
 山城より平吉のほうが収入が多い。同じ時間給だが、居残って仕事をしているためだ。パートは夕方の六時までだが、平吉は作業が遅れているので帰れない日が多い。
 また社員も平吉に手伝ってもらいたいので残すのだ。
 ある日、作業室で山城と平吉だけになった。平吉はいつも以上に手が遅い。
「平吉さん、今何やってるんですか」
「データー入力を頼まれましてね」
 仕事能力が低いため、単純作業を任されている。これも平吉の作戦だ。
 山城は客からのクレームメールの返事を書いている。やはり同じ時間給で、この差は大きい。
「会社が潰れましてねえ。子供が二人いるんですよ。パートなんてやってる場合じゃないんですがね。すぐに雇ってくれたのは、ここだけでね。ありがたいですよ」
 そう言われると、山城は言いたいことも言い出せない。この人なりに真面目に働いていると思うからだ。
 そう思わせるのも平吉の作戦だった。
「山城さんは私に比べ、仕事も出来るから、羨ましいですよ。きっと出世しますよ」
 山城はメールの返事に集中した。話しながら出来る仕事ではないからだ。
「いつも覚えが悪くて山城さんにはご迷惑かけています。これからもよろしくお願いしますね」
 山城はやはり言い出せない。言っても損をするのは自分だと悟るしかない。
 平吉はその日も居残り、時間給を稼いだ。
 
   了
 
 



          2007年2月26日
 

 

 

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