小説 川崎サイト

 

粕の花


「何か新しいことをやり始めればどうですか」
「新しいねえ。もう殆どのことはやりましたよ。まあ、興味のないことまではやりませんが、ちょいと好奇心が旺盛なもので、何でもかんでも手を出していましたから、もう大して残っちゃいませんよ」
「新しいというより、初めてのこと、などはどうですか。あなたにとって初めてなら、これは新鮮でしょ」
「だから、それは先ほど言ったように、残っちゃいませんよ」
「じゃ、目先を変えるとかは」
「それもやりましたよ。しかし、あまりいいものはない」
「いや、まだ残っていますよ。宝の山のように」
「何処に」
「近くに」
「え、何処です」
「何処にでもあるようなものですよ。特に探さなくても」
「ほう、何でしょう。なぞなぞですか。教訓ですか。それとも新しい発想法ですか。水平思考とか、斜線思考とか」
「そんな名はありませんよ。何でもないことですから」
「じらさないで」
「興味のあることは殆どやられましたねえ」
「そうです」
「その興味といいますか、そのネタはまだ生きていますか」
「ああ、もう飽きましたが、まだやる気はありますよ。しかし、今更蒸し返しても仕方がないですし、まあ、やる気はあっても、今ひとつですなあ」
「じゃ、まだ好奇心は生きている」
「はい」
「ネタがないだけで」
「そうです」
「一度やられたことでもいいのですが、少しやり方を変えられると、違った楽しみが出ますよ」
「それもやりました」
「あ、そう」
「二度目になると、初々しさがない。最初の好奇心が好ましいのですよ。謎めいていて、奥が深い。そういうのじゃないと、慣れたことを、またやるのはねえ。刺激がないし、退屈だ」
「そこからなんです」
「何処から」
「一度終わって、カスしか残っていないとしましょう」
「はい」
「そのカスを味わうのです」
「ええっ、粕汁のようなものですかな。あれは酒のカスでしょ。酒を飲んで酔っ払い、大酒を飲んだと言い、じゃ、何合だ、何升だと聞かれて、三枚だと答えた。あれでしょ」
「それはですねえ、確かにカスはカスなんですが、このカスが旨い」
「ほう」
「カスの味が分かるようになれば、大したものですよ。その辺、カスだらけでしょ。宝の山です」
「そんな旨い話がありますか」
「だから、あなたが一度やられたことで、終えて仕舞われたようなことでも結構です。残っているのはカスだけで、もうそのジャンルでのおいしさは味わわれた後でしょ」
「そうです。カスしか残っていません」
「そのカスは無尽蔵に近いほど残っているはずです」
「そんなカスなど、気にして見ていませんよ」
「それを見るようにしなさい。すると、カスがよく見えてきます。カスにもカスの味わいがあり、それを知らなかったことに気付くのです」
「旨い言い方だ」
「いえ、これは体験から話しています。一度おやりなさい」
「そうですなあ。あなた、あまり嘘は言わない人だ。信じてやってみましょう」
「はい、カスの花を咲かせてください」
 
   了





 


2015年12月23日

小説 川崎サイト