小説 川崎サイト

 

感性の変化


 人の感性というのは分からない。表看板のように掲げている感性も、これは看板で、実際には違うのかもしれない。また、一つの感性、好みのようなものだが、その反対側のものが必ずしも全面的にだめなわけではない。その比率がやや優位程度なら、ほぼ同居し、別の感性も混ざり合っているとみた方が好ましい。ただ、何らかの統一性が必要とされることがあるので、一応看板は出しておく。それが何々派とか、何系とかになるのだろう。しかし、頭の先からしっぽの先、これは人は尾てい骨で留め置かれているので、つま先までだろう、そこまで一色で染まっている人は、逆に妙な人で、人間ぽくない。感性とは人間ぽいもののためだろう。
 感性や好みは変化するのか、単に移ろいやすいものなのか、時期や状況によって求めるものが違うようだ。
 徳田はこれに気付いた。感性とは求めるもので、持っているものではないのだと。そのため、最初から感性や好みがあるのではなく、求めている感性や好みがある程度で、自分そのものがその感性の人ではないと。
「また誤魔化し出しましたね徳田さん」
「何も誤魔化してはおりませんが」
「好みが変わられたのでしょ」
「そうじゃありません」
「しかし大きな変化、これは逆方法へ向かっておられますぞ」
「いえいえ」
「それを誤魔化すために、妙なことを言い出した」
「そうではありません」
「統一性、一貫性に欠けると思われるのを心配されておられるのでしょ」
「人間には変身願望がありまして」
「それはあります」
「そ、そうでしょ」
「しかし最近の徳田さんはカメレオンのように色が変わりすぎます」
「あれは保護色でしょ。発見されにくいために。だから、自然の摂理ですよ。不自然ではありません」
「人から見れば、色をころころ変えるのは不自然なんですよ」
「それは人間が不自然だからでしょ」
「まあ、そうです。ところで相撲の立ち合いをご存じですか」
「実際に大相撲を見たことがありますよ。すごいぶつかり合いで、音がするし、響きますよ。何かが衝突したように。それで結構力士が声を出しているのです。うめき声のような」
「その立ち合いの中の手で、変化というのがあります」
「ありますねえ。ぶつからないで、さっと交わすのでしょ。相手が消えたようになるので、勢い余って前のめり」
「あれは嫌われます」
「そうなんですか」
「禁じ手じゃなく、技の一つなのですが、よほど小兵力士でないと、滅多にやってはなりません。反則じゃないですよ。しかし、変化、変わり身、これは姑息な技なんです。だから、変化、変わる、そう言うのは、信用に関わります。それを徳田さん、あなた恐れているのでしょ」
「確かにその面はあります。猫の目のようにころころ変わる」
「魚の目なら、変わらないでしょ。瞬きする魚がいれば、怖いですが」
「いるんじゃないですか」
「そうだったかな。それより、好みの変化程度は、まあ気にする必要はないかと思いますよ」
「はい」
「人には分裂気質というのがあります。その分裂の裂け目が深いと病気ですが、ほどほどの深さなら、問題はないでしょ。元来分裂した存在なのですから」
「はい」
「様子が変われば感性も変わります。好みも変わります。そういうものを望んでいるからでしょう。感性や好みの中に含まれている欲望のようなものを感じ取ればいいのです」
「じゃ、変わってもいいのですね」
「望んでいるものが違ってきたからでしょうねえ」
「じゃ、感性は不変ではないと」
「そうです。感性なんて言う曖昧なものに、安定さなどあるものですか」
「それを聞いて安心しました」
「まあ、好きなようなことをするにも気兼ねしながらやる人と、そうでない人とがいる程度です。結局やってしまうものです」
「そんな低レベルな話ではないと思うのですが」
「それが、あなたの感性です」
「何かよく分かりませんでした」
「そういうものです」
 
   了


 



2015年12月26日

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