小説 川崎サイト

 

墓場まで


 目的を達成すると満足感の次に虚脱感が来る。そのため、すぐに次の目的に向かうようだ。目出度し目出度しで終わった後が怖いのだ。
 この虚脱感は張りをなくしたためだろうか。それがなくなり、本来はほっとするのだが、すぐに退屈する。英雄もただの日常生活者となってしまい、ドラマのジャンルが違ってくる。
 目的を達成するまでの不快感、苛立ち、不満や恐怖まであるだろう。それらが取り払われたのに、何を不足を言うのかとなるが、危機感が人を生かすのかもしれない。
 企業戦士として戦いの日々を送っていた高村も、定年前になると、もうそんな時代ではなく、職場の空気は緩んでいた。これは和んでいたといってもいい。一つ下の部下は戦士だが、その次の次あたりの世代は、もうその気概がなくなっている。外敵に対する戦いではなく、内部での戦いになっていたためだ。
 歴戦の勇士である高村は、将軍然とした貫禄があり、その押し出しのまま隠居生活に入った。実際には定年後かなりの間勤めていたが、体力気力とも衰えたため、朝夕のラッシュだけでも一杯一杯になっていたのだ。これは若い頃からの無理がたたったわけではない。もう年なのだ。
 猛烈社員と言われた時代の人で、赤い小便を何度も見た人だ。
 退職後、老け込むと言うが、退職前の十年ほどは社内でも隠居のようなもので、もう第一戦には出ていなかったため、大きな目的はなくなっていた。そのため、退職後、急にやることがなくなり、がくっとなるようなこともなかった。
 老後は孫と遊んで、などとは考えていない。子供が嫌いだったこともあるし、家族も大事にしなかった。
 それで、家族から孤立してしまったわけではない。外では荒っぽい人だが、うちでは大人しい人で、無口で静かな人だった。
 退職してから会社関係の友人知人は完璧に姿を消した。盆暮れの歳暮も来ない。これは高村があえて拒絶し、遠ざけていた。
 それで、日々穏やかに暮らしているのだが、張り合いをなくしたわけではない。あることを考えると恐ろしくて仕方がない。これが張り合いになっている。そして、それは一生かかっても晴れないだろう。
 そのあること、これがやってきた。会長の縁者から連絡があった。この人が実質上、この企業を仕切っている人だ。高村は将軍格だが、滅多に合ったことがない。
 とある料亭。そこは料亭の看板さえ出していない。そこへ呼び出された。
 それは念を押す。または脅すというような内容だった。くれぐれもよろしくと。
 あのことなのだ。これを知っているのは、今や高村と、この長老だけ。
 企業戦士、海外で活躍した高村。そこで絶対に言えないことをした。企業はそれで救われた。
 しかし、今になっては墓場ものだ。つまり、絶対に他言してはいけない内容。高村は実行犯だったので、当然それは心得ている。
「もう私も年だ。二度と君に合うことはなかろうと思うので、これが最後のお願いだよ」
「はい」
 高村がまだ張りを失っていないのは、これを抱えているためだ。
 
   了



 


2015年12月27日

小説 川崎サイト