小説 川崎サイト



消えた道の風景

川崎ゆきお



 何度も、いや毎日通っている道があった。その道沿いのことが思い出せない。
 戸田は夜中、ふと、そんなことを考えた。怖い夢を見て、起きたのだ。
 戸田は棺桶のようなワンルームマンションで寝起きしていた。それが悪夢なのではない。実家からやっと引っ越し、自分の住み処を得たのだが、狭いのだ。
 戸田の実家は農家で、いつも八畳の間で寝ていた。畳のサイズも昔の家なので大きい。それに比べると、棺桶のように小さく感じられるのだ。これは大袈裟すぎる表現かもしれないが、より強調したいのだろう。
 それで、見た悪夢は実家前の道で、犬に追いかけられる夢だった。
 目覚めた瞬間、犬のことより、その道がどんな感じで夢の中で見えていたのかが気になった。
 それを思い出していたのだ。
 その道は物心がつく前から通っていたはずで、外に出るときは必ず通る道だった。ついこの間まで通っていた。
 夢の中では確かに道の映像が入っていた。土塀やブロック塀、そして植え込みが続き、畑には花が植わっていた。
 それは夢で思い出したのだが、かなり昔の映像だった。夢の中では小学生だったので背景も昔のものなのだ。
 そして、この前まで歩いていたあの道のことを思い出そうとしても絵が浮かんでこない。
 実家のことを忘れたいので、記憶から消えたのかもしれない。あるいは、もう大人になってからは分かり切った風景など見ていないかだ。
 戸田は記憶から消えているのが気になった。実家のことは覚えているのに、その前の道が消えているのだ。別に困る話ではないのだが、思い出せるものが浮かんでこないのは気持ちが悪い。
 戸田は普段着に着替え、外に出た。そしてスクーターで実家へ向かった。少し走れば往復出来る距離だ。
 戸田は今何処を走っているのかはよく分かった。大通りに出て、実家のある方向へ走っている。そして枝道に入り、その突き当たりを右へ入ると実家の前の道に出た。
 記憶があるから走れるのだ。
 夜中で暗いが、実家前の道沿いに酒屋の自販機がある。これが思い出せなかったのだ。
 夢で見た花のある畑はマンションになっており、それも確認出来た。見て思い出したのだろうか。
 そして実家前に来た。もう、みんな眠っている時間だ。実家も確かに存在していた。
 戸田は記憶が埋まったので、安堵し、引き返した。
 
   了
 
 



          2007年2月27日
 

 

 

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