年越しの道
「今年の元旦の話だがね」
「はい」
「いつものように目を覚ました。しかし大晦日の年越しそば、これは年を越す寸前に食べるものだと、私は決め込んでいる。そのため、零時前から食べ始め、食べ終えると翌年、つまり今年だな、そういう具合に毎年食べておる。出かけておるときは別だが」
「大晦日に食べれば、いいんじゃないですか。食べてから年を越す。そのまま寝てしまう場合もあるでしょうから、起きたときが新年になりますが」
「そうなんだが、私の決めた行事をなさないと新年が明けない。それを省略して、君の言うように、大晦日中、これは昼間でもいいんだろ。それなら遅くまで起きている必要がないので、楽だがね」
「それで今年はどうしました」
「十二時前に食べ始めた。例年通りね。しかし年々遅くまで起きているのが辛くてねえ。我慢して起きていたよ。この年越しそばは夜食だね。しかし食べてすぐに寝るので、これはよくない。それに夜食を食べる意味がない。そのあと何かをするわけじゃないし。また、夕食後かなり立つので、さすがにこの時間、腹が減る。例年なら何かおやつなどがあるんだが、今年はなかった。餅はあるが元旦のお雑煮用だ。何かちょっと囓るものが欲しかった程度だ。まあ、そんなわけで、眠いは腹が減り出すは、今年は厳しかった」
「はい」
「ところが君、腹が減っていたので、あっという間に平らげてしまった。年を越す前にね。これは大変だと思い、残りのおつゆが残っているのをこれ幸いに、ちびちび飲み出した。私は出汁を全部飲まないタイプなのでね。しかし例年なら天ぷらそばなので、海老の尻尾が残っている。これをしゃぶるところだったが、今年はニシンそばにしたため、尻尾がない。残っているのは汁だけ」
「それで、食べ終えたと言うより、飲み終えたときは年を越していたわけですね」
「そうなんだ。危ないところだよ。しかしニシンそばはニシンが甘い。そのため、甘い汁を飲むのはおいしくなかったねえ。あれが揚げならいいんだ。揚げの甘さと、ニシンの甘さは違う。ニシンが甘いわけじゃないよ。何か付いているんだ」
「はいはい。でも無事年越しそばを食べられ、年を越えられたわけでしょ」
「年を越えたあと、寝た。そして朝、目が覚めた。もう新年は知っておる。だから新年が新鮮じゃない。従って年越しまで起きているのは考え物だよ。やはり夜が明け、日の出を迎えてこそ新年だ。そのため夜中にトイレに立ったときも、これは新年の初ションじゃなく、まだ去年のうちなんだ。そう誤魔化せる」
「もう終わりましたか」
「まだじゃ。メインはこれから」
「ずっと、こんな調子ですか」
「まあ聞きたまえ。人には事情がある。細かい事情や生活習慣がな。そのサンプルを示しておるんだ」
「はい、続けてください」
「どこまで話した」
「目覚めたときです」
「正確には一度トイレに立ったので、目を覚ますのは二回目だ。しかし、これは無視する」
「この話、すべて無視したいところですよ」
「まあ、待て、この先が凄いから」
「はい」
「目を覚ましたあとは、いつも通りだが、何せ睡眠時間が短かかった。いつもよりね。しかし不思議なものだねえ、いつもの時間になると目が覚める。これは便利だ。起きるとすぐに喫茶店へ行くのだが、正月は休みなんだ。それで、ドーナツ屋が開いているので、そちらへ向かうことにした。ここはだけはいつもと違うんだ」
「ドーナツ屋。パン屋さんですか」
「コーヒーも飲めるし、年中無休だ」
「ああ、ありますねえ」
「そこへ向かったが、いつもとは道が違う。これは滅多にないことだよ。朝、家を出て、違う道を通るのは」
「規則正しい生活なんですねえ」
「そんな規則を作った覚えはないが、それはまあ自然にできたんだ」
「はい」
「ところが、その道、いつもの道より狭い道で、駅の方へ続いている。駅前に出る用事はないので、滅多に通らないが、たまに遠出するときは別だがね。この道がねえ、おかしい」
「来ましたか」
「来たよ、君」
「待望のものが来ましたねえ」
「そうなんだ。いくら歩いても駅に辿り着けないどころか、別の場所、知っているようで知らないところを歩いているんだ。これは凄いだろ」
「しかし、何も起こらなかったのでしょ」
「駅が見つからないので、ドーナツ屋にも入れないまま、彷徨い歩いたよ。あの町は何だったのだろう。知っているようで知らないんだ」
「それは方角を間違ったりすると、別の通りのように見えるだけですよ。実際何もなかったのでしょ」
「どうして分かる」
「だって、ここで話しているじゃありませんか」
「そうだな、君は現実の人だしな」
「そうです」
「結局」
「道に迷われたのでしょ」
「そうなんだが、やはりその原因は年越しそばでインチキをしたからだ」
「え」
「汁だけちびちび飲んで、誤魔化して年を越した。あれが不作法だったようだ」
「ああ、はいはい」
了
2016年1月5日