小説 川崎サイト

 

魚肉ソーセージ


 夕方から急に冷え込んだのか、北風が強い。徳島は自転車で家路を急いでいた。早く暖かい場所に帰りたいからだ。向かい風が目に入る。それが冷気を含んでいるのか、目が一瞬かすむ。自転車の荷台には鍋用の食材を積んでいる。白ネギがレジ袋からはみ出し、それが風で動くのか、カサカサとカゴの縁に当たる。卵を一番下に入れたのが気になる。たまに割れていることがあるためだ。
 妙な音が聞こえる。リズムがある。不思議なものを聞くように、耳を澄ますと、ケータイの呼び出し音だと気付く。気付き方が遅いのは、滅多に電話などかかってこないため。
 徳島は鞄の底からケータイを取り出す。殆ど使っていないのだが、充電だけはこまめにやっている。そのつもりでも、二年ほどバッテリーを交換していないため、すぐに切れてしまう。そのため、充電頻度を更にこまめにしないといけない。
 ケータイを開くと、電話番号が並んでいる。誰か分からない。
「今夜です。よろしく」
「ああ」
 適当な言い訳をしているとき、バッテリーが切れる。
 寄り合いがあり、そのお誘いだが、今夜だということを忘れていた。どちらにしても行く気はない。ただ、地方在住のイラストレータである徳島にとり、中央から来た人達と会うのは滅多にないだけに、良いチャンスなのだ。有名なイラストレーターや業界の人達も来る。県庁近くの美術館でイベントがあり、その打ち上げなのだ。
 徳島はイベントのある日も忘れていたので、行っていない。これが若い頃なら、業界の人達の集まりが近くであれば、飛んで行った。有名イラストレーターとお近付きになるだけでも、値打ちがあったのだ。
 今はその頃の後輩や新人だった連中が、その道の大家になり、大きな顔をしている。徳島は新人時代と同じレベルのまま、引退している。しかし、この地方都市での古株はもう徳島だけで、いわばこの地でのボスなのだ。そのため、顔を出しておいた方が良いのだが、割り勘になりはしないかと心配した。打ち上げのある県庁のある駅までの交通費も結構かかる。ここで数千円払うと、月末まで食費が持たない。それに、冬が深まっていることから、マフラーが欲しい。今はタオルを首に巻いている。これは煙草を買ったとき、景品でもらったものだ。これを普通のマフラーに替えたい。そのため、食費を切り詰めていたほどだ。
 バッテリーが何処で切れたかは分からないが、一応断ったことが伝わっているはずだ。もしそうでなかったとしても、この誘いは義理で、一応声を掛けた程度のものだと徳島は理解している。
 昔なら、そういう場に姿を現し、あわよくば仕事の一つでももらって、有益な土産を持ち帰るところだが、何度もそんな機会はあったが、一度も仕事などもらったことがない。
 今は、仕事がもらえても、逆に迷惑な話になっている。
 そんなことを思いながら、安アパートに到着し、着替えもせずに、鍋の準備にかかった。着替えないのはエアコンがないので、寒いからだ。
 徳島はアツアツの鍋をホームゴタツで食べた。鍋を囓ったのではなく、鍋の中の具だ。その中身は一応すき焼きだが、砂糖をやたら多く入れているだけで、肉は豚肉でも鶏肉でもなく、魚肉ソーセージ。これは貧しいからではなく、これが美味しいためだ。
 打ち上げでの宴会料理より、こちらの方が温まるようだ。いくら煮込んでも赤いままの魚肉ソーセージ、その赤い色で心安まるらしい。
 
   了

 

 


2016年1月20日

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