小説 川崎サイト

 

糸魚川の乱


 糸魚川が会社を辞め、独立したのは一人でやった方が早いためだ。これは起業ではない。事業は既に興っている。まだ世の中にないような事業でもない。これは糸魚川の個人的な問題で、性格的なものだろう。入社してからもう長く、それなりの地位にあり、部下を三人使っている。
「一人でやった方が早い」
 理由はそれだけ。三人の部下、そのうち一人はかなりのベテランだが、その三人分より、糸魚川の方が早い。一人でやった方が。
 そのため三人の部下にいちいち指図したり、話を聞いたり、そういうことをやっている方に時間が取られ、逆に効率が悪い。それは糸魚川ができすぎるためだ。この糸魚川チームは糸魚川一人で十分やっていける。部下は逆に足手まといで、余計な手間がかかるだけ。それでも部下を連れて飲みに行ったり、それなりの面倒を見ている。それができない人ではない。だからリーダーになれたのだ。
 糸魚川を含めて四人でやるようなことではないのに、四人必要なことだと会社は思っている。別のチームも四人で、あと一人欲しいと言っているほどだ。
 だから、糸魚川が異常に早いのだ。それをずっと隠していた。そのため、敢えてゆっくりとやっていた。
 それで独立することにした。会社のお得意さんを盗んだようなものだが、糸魚川に直接頼んだ方が安いため、取引先には困らなかった。
 実家の庭に作業場を作り、そこで仕事は始めた。この実家は空き屋になっており、両親や兄弟は別のところに引っ越したため、丁度よかった。実家は老朽化した長屋のようなものだ。この作業場のこともあり、糸魚川はマンションから、ここへ引っ越した。実家なので、戻ってきただけの話だ。
 そして設備も整い、仕事に取りかかったが、調子の良かったのはひと月ほどで、最近はどうもいつもの調子が出ない。すぐに座敷に戻ってテレビを見たり、ネットを見たり、おやつを食べたりしてしまう。
 四人分を一人でやっていたスピードなど、嘘のようになくなっている。手が動かないのだ。
 足りないものがあるとすれば、あのぼんくらな部下達だ。そして会社という箱。
 一年後、元の会社との話し合いで、戻ることになった。そして、またあの三人のチーフとして働くことになる。
 それほど糸魚川は得がたい人材だったのだろう。
 そして、定年後も会社に残り、後進の指導に当たり、それもしんどくなるほど年をとったので、会社も解放してくれた。
 今は、例の庭に作った作業場で、非常に丁寧な仕事をしている。ただし、取引先はない。作るだけの楽しさで、作っているようだ。
 
   了

 

 



2016年1月27日

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