小説 川崎サイト

 

閨の怪 1


 妖怪博士と似たような業界の人で幽霊博士がいる。この博士はまだ若い。縄張りが違うので、逆に仲がいい。
 その幽霊博士からの呼び出しで、妖怪博士はとある郊外の屋敷へ行く。当然幽霊が出る幽霊屋敷のためだが、依頼者がまた若い。十代の青年。この屋敷の曾孫だろう。屋敷の主に当たる人はまだ生きているが、施設に入っている。その息子が跡を継いでいるが、この屋敷にはいない。父親が施設に入ったとき、引っ越している。この家が怖かったようだ。その孫が依頼者で、誰もいなくなった屋敷に一人で住んでいる。古くてだだっ広い家に住めば幽霊の一つや二つ、出るだろう。
 この家族は代々ここに住んでいる人ではなく、この屋敷は買ったものだ。元々はこの地の大庄屋富田家の別宅らしい。羽振りが良かった時代に建てたのだろうか。何に使われていたのかは、土地の人なら誰でも知っていた。
 別宅に囲っていた女性は、その後、この屋敷の正式な持ち主になり、料亭を開いていたが、商売が下手なのか、失敗し、産まれ在所に帰っている。その後、持ち主が次々と変わり、最後が田村家となる。その田村家も引っ越してしまい、買い手が見付かるまで孫を住まわせていた。これは孫が住みたいと言ったからだ。そのため、空き屋のままでもよかったのだ。それに親もお爺さんも、この家が嫌いだったらしく、施設に入っている老人も、どうやら気に入らなかったようだ。こんな家で人生を終えたくなかったのだろう。ここを買ったのは、その老人の親の代だ。
 大庄屋が建てたのは江戸時代の話だが、その後かなり改修されている。
「曰く因縁、いくらでもありそうですなあ」妖怪博士が屋敷を見ながら幽霊博士に言う。
「そうなんです。幽霊のタネに事欠きません。さて、どの幽霊が出るのかですが、かなり初期に住んでおられた人だと思いますよ。だから、早い時期から出ていたのでしょう」
「大庄屋が囲っていた女性ですかな」
「いや、その人は田舎に帰り、長生きしています。恨み辛みを残すタネはありません。屋敷を売り払っていますからね、生活にも困っていない。料亭の女将は失敗しましたが、場所が悪かったのでしょう」
「ところで田村さん」
「はい」と振り向いたのは田村家の髪の長い青年。
「どのようなものが出ますかな」妖怪博士が質問する。これは既に幽霊博士が聞いている。
 青年は同じことをまた繰り返し話す。
 何かいる。気配がする。誰かが同じ屋根の下で住んでいるようだ……と、曖昧なもの。幽霊博士はそんなとき、相手の精神状態を疑うのだが、青年の父もその親も、家族全員がそれに近いことを言って、薄気味悪がっていたことから、家族全員が病気ではない。また、この屋敷を手放した人々も、似たようなことを周旋屋に愚痴っている。
「西洋では古い屋敷なら、そんなことがあっても当然で、それで普通で、誰も騒ぎません」だから、幽霊博士は騒ぐようなことではないと言いたいのだろう。
 妾を囲うだけにしては非常に屋敷は広く、間取りも多い。大広間まである。これは別のことで大庄屋が使っていたのだろう。何かの寄り合いのために。
 大庄屋が亡くなると、料亭になったことでも分かる。出入りしていた人達が客なのだ。
 妖怪博士は隈無く屋敷や、敷地内を見て回ったが、民俗資料館になるほど、古い物がそのまま残っていたりする。何度も改修され、取り壊したもの、建て替えた箇所も多いようだが、県や市から指定を受けてもおかしくない。母屋は江戸時代の築なので古民家としての値打ちもあるだろう。
 しかし妾を囲っていた家とは言いにくいので、その説明文を書くのがいやで、指定しなかったのかもしれない。
 女中部屋のようなものが何部屋かあり、下男が寝起きする長屋跡のようなものもある。やはり別のことで使っていたのだろう。妾一人に、これだけの使用人はいらない。
 妖怪博士は何故幽霊博士が呼び出したのかが気になった。
「まさか幽霊ではなく、妖怪だとでも」
「いや、そうじゃありません妖怪博士、ここは博士の勘をお借りしたいと」
「ない」
「え」
「だから、そんな直感などない」
「いえいえ、勘の塊のようなお方なので」
「まあ、私の勘はただの妄想でな、あらぬことを想像するだけのこと。だから、実際には、ないことだ」
「何か想像できますか。幽霊の正体を」
「隠し部屋がありそうだ」
「見えますか」
「見えない。思い付きだ」
 幽霊博士は田村青年に聞くが、そんな部屋はないらしい。
「見付かれば隠し部屋にはならんだろ」と言いながら、妖怪博士は座敷内をウロウロしだした。
「そんな部屋、ありませんよ」青年が髪をなびかせながらあとから付いてくる。しかし一箇所だけ妙な部屋がある。この部屋だけが間取りがおかしく、他の部屋と構造が違う。青年は子供の頃から、その部屋や、その周辺へ近付くのが怖かったらしい。それは当主のお爺さんの部屋だ。
「そのお爺さんの部屋は何処ですかな」
「ああ、家長の間ですか。でもそこはお父さんもお爺さんも、隠居さんも使っていませんでした」
「それそれ」妖怪博士は、その当主の間に興味を示した。
 その部屋は奥まったところにあり、横は仏間だが、家長の部屋だけは襖ではなく、板壁で仕切られていた。家長の部屋というより、寝所、閨に近い。
「隠し部屋の入り口はここですか、妖怪博士」
 妖怪博士は家長の間を念入りに調べている。板張りが回転したり、床の間の掛け軸の裏に穴が空いていたりとかを期待した。しかし、それらしきものは、このときまだ見付けられなかった。
「いや、この部屋がそもそも隠し部屋だったのかもしれんなあ」
「家長の部屋が隠し部屋ですか、妖怪博士」
「廊下と繋がっておらん。他の部屋の中を通り、回り込まないと到着せん。まるで城塞の本丸のように。さらにこの部屋だけ密室になる。それに分厚い板壁、おそらく板を剥がせば、土壁だろう。防音装置のようなものだが、夏は暑いだろうなあ」
「おかしな部屋ですねえ」
「だから寝所だよ。これが一応この家を建てた目的だろうから」
「ああ、やるところですか」
「閨だ。ここは普通の家長の部屋じゃない。まあ、一番奥まっているところにあるから、君のお爺さん達も使っていたんだろうねえ」
 青年は少し下を向いた。
「じゃ、ここが隠し部屋だと」
「それでは怪異の正体とは言えない。ここじゃないが、ここから繋がっているのだろう」
「何処なんですか。間取り図もありますよ。そんな部屋など、存在しませんよ」
「二階はないしなあ」
「そうです。それに屋根裏は僕が調べましたから」
「じゃ、地下だろう」と妖怪博士。これは上を調べたのだから、次は下、という程度の推測だ。
 この屋敷、持ち主が何人も変わっている。更に改修、改築も何度か為れているので、そんな地下室などあれば、分かるだろう。
「君はどう思うかね。幽霊屋敷なら、君の方が専門だろ」
「それが分からないから妖怪博士をお呼びしたのです」
「分からないと」
「はい」
「じゃ、無理だな」
「妖怪の可能性はありませんか」
 妖怪博士は青年の話から座敷童子現象に似ているが、気配だけでは正体が分からない。ただ、音はしないらしい。そして視覚的な現象もない。
 一方、幽霊博士によると、弱霊、または微霊らしい。そんな霊がいるわけではないが。
 幽霊博士が妖怪に近い現象ではないかと睨んだのは、積極的に存在を示さない妖怪がいることを妖怪博士から聞いていたためだ。幽霊との違いは、ここにあると。
 妖怪は妖怪独自の世界で暮らしており、人との接触など考慮外で、自分のペースで生きている。つまり幽霊と違い、生活や暮らしがある。
 座敷童子は子供なので、まだ悪戯盛り。遊び相手を求めていたりする。隠れん坊のようなものだ。しかし今回の幽霊屋敷の犯人は座敷童子タイプに似ていると幽霊博士は睨んだ。それで、妖怪博士を呼び出したが、何ともならない。
 当主の間、家長の間が怪しいと睨んだ妖怪博士は、青年からヘラのような道具を借り、その畳を上げた。床板は板壁と同じように丈夫なもので、そのまま板の間として使えそうだ。
「あるとすれば、この下じゃな」
 家長の寝床でもあるその部屋は六畳ほど。
「この床板は建ったときのままだろう。古い」
 妖怪博士はブツクサ言いながら、床板をなめるように見ている。板は長細い。これを外すとなると、大変だ。しかし、すぐに短い切れ目を見付ける。半畳ほど、つまり一メートルで区切られている場所がある。その板は数枚。都合一メートル一メートル。畳半畳分。これは外せると睨んだ妖怪博士は、板の隙間にヘラを差し入れ、ポコッと持ち上げた。
 一枚外すと、あとは簡単だった。
「地下室への入り口じゃ」
 要するに縁の下に井戸があるようなものだ。下を見るとうっすらと明るい。床下が見えているのだ。
「この床下だけ、囲われておるようだな。あの板壁と同じで、この六畳の間だけ囲んでおる。そのため、縁の下から潜り込めん」
「よく残っていましたねえ」と幽霊博士。
「ここまで改修する必要はなかったのだろう。母屋のど真ん中だ」
 さすがに下へ続く縦穴は暗いため、青年は懐中電灯やスタンドを持ち込んだ。延長コードも。
 床下にある井戸のようなものだが、その入り口に腐ってしまった縄が残っていた。縄ばしごだったのだろうか。
 青年はロープ代わりに、洗濯物干し用の紐を持ってきた。当然三人の靴も。
 しかし青年はそんなものは使わず、あっさりと降りてしまう。これは腕と足を井戸の壁で突っ張りながら降りたためだ。長髪の青年を真上から見ていると、蜘蛛が降りていくように見えた。
 しかし、手の平を怪我したようだ。苔か何か分からないようなものが手の平を汚している。縦穴は一応石組みされていた。
「水はありません」下まで降りた青年が上に声を掛ける。
 こういうとき、先に石などを落として、水の確認や深さを確認するのが流儀だが、三人とも、冒険家ではない。
 そして、スタンドを下まで引っ張り込み、その地下室を見たとき、これは……となった。
 青年も、幽霊博士も、そして妖怪博士も予測だにしなかった光景が眼前に現れた。
 
 つづく

 



2016年1月28日

小説 川崎サイト