小説 川崎サイト

 

閨の怪 2


 妖怪博士は布団から天井を見ている。節穴を数えているわけではないが、節穴はある。ただし穴は空いていない。幽霊屋敷から戻った翌日だ。
 節穴を見ているときは、目も節穴になるが、別のことを考えているためだろう。
 当然、それは昨日降りた地下室の映像だ。同行した幽霊博士はスマホで動画や静止画を撮していたが、それを見る端末を妖怪博士は持っていない。
 日本家屋の床下に地下室がある。しかも結構広い。誰かを閉じ込めるための座敷牢のような雰囲気だが。格子や檻のようなものがないので、違うようだ。
 野菜などを貯蔵しておく冷蔵庫、または寝かしておいた方が良いものを、ここに置いているのかと、最初は常識内での判断をしたのだが、それなら炊事場の下だろう。また、倉庫や貯蔵庫のように物を置いた形跡がなく、その代わり、ゴザを丸めたようなものが、立てかけられている。その壁際が問題なのだ。
 幽霊博士が懐中電灯で照らしたとき、幽霊だと錯覚したほど、人型のものがいた。しかも一体や二体ではない。人の姿をしているのは確かだが、ミイラではない。浮き彫りの石像だろう。それが壁際に並んでいる。
 妖怪博士は田舎へよく行き、石仏関係は結構見ている。そのどれにも相当しない。石地蔵のように見えるが、その石像は正方形の板状の石に彫られている。顔に当たるところが妙に長細い。
 幽霊博士はその形から墓標ではないかと言い出したが、それなら文字などが刻まれているだろう。そうではなく、見たこともない像だ。これがマリアとかキリストならすっきりする。ここは隠れキリシタンの教会だと。
 妖怪博士は世界の妖怪には詳しくはないが、その絵柄からインドより西、ギリシアより東の文化を感じたようだ。これは素人目でもその程度は分かる。だが、それが何の像なのかが分からない。首の太さと顔の幅が似たようなスケールだ。
 分からないものは分からない。これは幽霊博士が調べているはずなので、その報告を待つしかない。
 既に夕方になっているが、妖怪博士はまだ布団の中にいる。
「先生」
 と、いつもの妖怪博士付きの編集者の声。
「調べてきました」
「そうか」
 むくっと起き上がった妖怪博士は蒲団を上げた。幽霊屋敷から戻ったとき、既にこの編集者に調査を頼んでいた。その報告だ。
 つまり、その報告を聞くまで、動けなかった。しかし聞けばますます動けなくなるかもしれないが。
「江戸時代の話ですからねえ、大庄屋富田家別宅が建つ前、何があったかなんて、分かりませんでしたよ。ただ、地元の図書館に古地図を載せた本がありました。簡単な村の略図ですが、墓地のような印が描かれています。江戸の中頃の地図です」
「それだな」
「謎が解けましたか」
「余計に謎が深まるが、この国の民の、つまり村人達の墓地ではなかろう」
「そうなんです。村の共同墓地は別にありまして、もっと大きな墓地で、今もありますが、もう一杯一杯で、墓石は全部まん丸で古いです」
「うんうん、そんな感じだ」
「何か分かりましたか」
「それと富田家のことは、どうだった」
「大庄屋の富田家は、この土地の人ではないようです」
「うむうむ。それで、どんなお顔の人だった」
「そこまで分かりませんよ。江戸時代の終わりなので、写真機などもあったでしょうが、そんな有名人じゃないですし」
「肖像画もなしか」
「富田家のご子息に聞けば、あるかもしれませんが、今、何処に住んでおられるのかは分かりません」
「そうか」
「それより、幽霊屋敷でしょ。墓地じゃなく幽霊の基地じゃないのですか。円盤の基地のような」
「別宅は墓地跡に建てたとみるべきだろうなあ。もうその頃は、墓地だったことは忘れらていた。そうでないと、墓の上に妾を囲っているとなる。そのお妾さんも、気味が悪いだろうし、その後、料亭になっておるのだから、もう墓地の記憶は周辺から消えていたに違いない」
「何の墓地ですか」
「日本式の墓地じゃない。あんな正方形の石版のような墓標は日本にはなかろう。さらに地下室に埋葬する習慣など、何処かの島でならあるかもしれんが」
「聞いたがことあります。地下の共同墓地でしょ」
「そうだ。だから、その様式の地下墓地が江戸時代にあったことになる。地図は中頃のものなので、もっと古い時代からあったと見るべきだろう。地図の作製者は古い墓地、古墳か何かだと思ったのかもしれんなあ」
「誰の墓でしょう」
「おそらく富田さん達、その一族か一派。だから顔が見たかった」
「はい」
「それで、幽霊屋敷なんですが、地下墓地か礼拝堂が発生源だとすれば、これは本物ですよ」
「持ち主が居着かないのは、この地下墓地が原因かもしれんが、そこはまあ、曖昧じゃな」
「そうですねえ」
「幽霊博士がその墓標のようなものに彫られた浮き彫り像を調べている最中だ。これで様式などから人種が分かるやもしれん」
「大層な話になりましたねえ、博士」
「ああ、隠れキリシタンなら、楽なんだがなあ。まあ、似たようなものかもしれん。隠れ念仏もそうじゃが、妾宅を隠れ蓑に使っていたんだ。そのため、屋敷が広い。大広間まである」
「その宗派の集会所ですか」
「大庄屋富田一族というか、信者達かもしれん。秘密結社の匂いもする」
「今晩は」と、玄関先で声がする。
「先生、やはりチャイムが必要ですよ」
「いや、一度付けたのだが、あの音を聞くとドキッとしていやなのだ」
「はいはい」
 編集者が書生のように幽霊博士を迎え入れた。
「さっそっくですが妖怪博士、あの石像に該当するものを専門家に見せたところ、やっと分かりました」
「どうだった」
「カスピ海」
 
   つづく

 

 



2016年1月29日

小説 川崎サイト