小説 川崎サイト



ショルダーバッグ

川崎ゆきお



 ふと言葉が切れることがある。今まで熱心に喋っていたのに、音が消えるのだ。次の言葉を探しているわけではない。話題は既に終わっており、いつ別の話題に変えてもよい状態だ。
 三村は北村という機械が故障したのではないかと、妙な錯覚を起こす。
「具合でも悪くなったの?」
「まだ、元気さ。さあ、飲もう飲もう」
「話が途切れたので、どうかしたのかと……」
「いや、次の話題を考えていたんだよ」
 お喋りな北村が黙ると、三村は心配になる。妙な間が空くからだ。いくら聞き役の三村でも何か話題を出したほうがよい。
 しかし、二時間以上、聞き役に徹していると聞き疲れが起こる。面白そうなところでは笑う必要があるし、酷い話のときは眉を顰めないといけない。それが自然な筋肉の動きならよいのだが、感情と筋肉が連動していないため、顔の筋肉が疲労する。
「ところで君は最近どうなの?」
 北村が珍しく三村に話題を振る。
「別に大した変化はないよ」
「面白い話はないの」
「どうしたの?」
「たまには君の話も聞きたくなった」
「つまらんよ」
「その、つまらん話を聞きたくなった」
「会社の帰りにいつも寄る本屋があるんだ。雑誌の立ち読みだけね。いつも思うんだけど、横にいる人がいつも違う。改札前の本屋だから、客も同じ人だとは限らない。だから、立ち読みメンバーが違うのは当然だな。僕は雑誌をめくりながら、実は左右の人を盗み見してるんだ。偶然ここに立っている。それって、不思議な巡り合わせだろ。まあ、雑誌に興味のない人間は立たないはずだから、その範囲内の人間に限られるけどね。本屋に寄るのは僕の癖なんだ。また改札に入る前の儀式なんだ。だから、昨日と同じ雑誌の並びの日もある。もう興味のある箇所は読んだ後だから、読むところがない。違う雑誌を見てもいいんだが、興味のない雑誌は手に取ることすら面倒だ。それでついつい目が泳いで、横の人を見る。男は見やすいけど、女のときは遠慮するなあ。でもどんな顔なのか見て見たい。見るだけなんだよ。それ以上の希望はない。でも覗くのは結構難しいんだよ。その方向に雑誌も本もない。明らかに顔を見ようとしているのが見え見えなんだな。それをどうカムフラージュして覗くかが課題なんだ。それで考えたのは、左側の人を見たい場合、左の肩にショルダーバッグをぶら下げるんだ。そして外のポケットに携帯を入れておくんだ。それを取り出すとき、左を見るだろ。これなら僕がどういう意味でそっちを見たのかが説明出来る。当然右側の人を見たい場合は、右肩に……」
 北村は眠ってしまったようだ。
 
   了
 
 


          2007年3月2日
 

 

 

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