小説 川崎サイト

 

閨の怪 3


 幽霊博士の話によると、地下墓地の石版の像から、トルコの東、イランの北、カスピ海沿岸で発掘された遺跡の石像と似ていたらしい。
「何だろうねえ、幽霊博士。急にカスピ海と言われても」
「イスラム系ではなく、ユダヤ系でもなく、ロシア系キリスト教の異端派と土俗の信仰とかが結びついたようです」
「もう、話が遠すぎて、私には分からん」
「僕もです、妖怪博士。また、その像はパキスタンのモヘンジョダロの石像に近いようです。蛇ですよ、これ。その異端派は精霊系で、蛇の魂を身体に乗り移らせる踊りがあるようですが、まあ、原初の踊りは、何処でもそうらしいですが。今でも狂ったように舞々して頭を麻痺させ、心霊を招き入れる巫女もいるようです。あ、これは妖怪博士の専門でしたね。心霊を内に取り込む、つまり乗り移る幽霊もあります。これは妖怪博士がご専門の狐憑きと同じでしょう」
「その話は長くなるので、その宗派じゃが、渡来したのはそれほど古い時代ではなかろう。早くても大航海時代」
「じゃ、キリスト教と同じですねえ」
「それに紛れて、異端も入って来たのだろう」
「じゃ、それらの人達の墓ですか」編集者が言う。
「地下に墓を作る慣わしがあるのじゃろう。地下室に設けられた遺体安置所のようなものかもしれんが、私が見たあの四角い石版は墓とは違うように見えたがなあ。あれはやはり儀式のための、聖なる場所に見えた」
 幽霊博士も石像と亡くなった人が合体する場所ではないかと言い出した。
 編集者は感心して聞いていたが、幽霊博士は浮かぬ顔。幽霊の正体が分かったとしても、その仕組みが分からないためだ。墓場の上に家を建てれば百パーセント怪現象が起こるとは限らない。そんな場所は全国至る所にあるだろう。
「妖怪博士」編集者は、一寸疑問な点があった。それ以前に全てが疑問な点ばかりなので、その中でも、際立って妙な点だろう。
「何かな」
「青年が体験した現象なのですが」
「ああ、そんな場所なら幽霊の一つや二つ、出るんじゃないのか」
「出ません」
「そうなのか」
「はい、まず、依頼者も、またあの家の持ち主達も、下が異境の人達の墓地か儀式の場かだってことは知りません。予備知識がないのです。家が古いだけで、怖がるようなものはありません」
「真下に震源地のような霊源地があるようなものだろ」
「そうなりますと妖怪博士、本物が怪を起こしていることになります」
「今回は本物やもしれん。何故かというと、地味だ」
「どういうことですか、先生」
「露骨な音やビジュアル性がない。非常に神妙だ」
 編集者は何気なく、妖怪博士と幽霊博士の目を見た。何かいつもと目の色というか雰囲気が違うのだ。幽霊博士とも何度か合っているので、その変化が分かる。
 編集者はパンパンと、二人交互に、相撲の猫騙しのように、目の先で手を叩いた。
「どうした」二人は驚いた。編集者に何かが取り憑いたのではないかと。しかし、それは逆だった。
「先生方は本当に地下へ降りられたのですか。そんな穴が床下に、本当に空いていたのですか。そして井戸ののようなところを降りると、地下室があり、石版が並んでいた。なんてこと、全部まやかしじゃないのですか。いえ、決して先生方や、その依頼者の青年が嘘をついているとは思いませんが、これは屋内版の隠れ家、迷い家だと思います。山奥にいきなり長者屋敷が現れる。あれです。あの変形のような気がします。それの屋敷内版なのです。その寝間、閨は奥まったところにありますから、まるで奥山です。その寝所の構造が、そうさせているのかもしれません。閨に化かされたのですよ。三人とも」
 妖怪博士と幽霊博士は目を見開いたまま閉じない。
 先に瞬きしたのは幽霊博士。すぐにスマホを取り出した。
「これはどう説明する」
 と、画像や動画のファイルを開けようとしたが、ない。
「あれっ」
 幽霊博士は別のフォルダに保存したのかと思い、探し回るが、ファイルの欠片も見付からない。
「さっきまで、いや戻ってから調べているときにはあったんだ。知り合いの専門家にも、これを見せた。え、どういうことだ。削除したのかな。そんなわけがない。消えたとすれば、賞味期限のようなものがあるのか。そ、そんなわけがない」
 正座していた妖怪博士が、足を崩し、そのまま横になってしまった。
「つまり、あの家の、その部屋だけが異界と繋がっているんです。だから、住む人によって、見るものや感じるものが違います。どれも忌まわしいものだったのでしょう。今回は地下墓地だっただけです」
「蒲団を敷いてよいかな」
「どうぞ」と編集者。
「それと」
「何ですか、妖怪博士」
「私の目は、もう白くなっているようじゃ」
「目医者へ行かれた方がいいですよ」
「ああ」
 つまり、妖怪博士が畳をめくり、床板を開けたとき、異境の人となったのだ。
 当然、家長の間の床下に、そんな穴は空いていなかった。それよりも、床下は耐震対策で鉄骨で補強までされている。
 しかし、青年や代々の持ち主が気味悪がった原因は解けていない。
 後、この家は買い手が見付からないため、取り壊された。残念がったのは、あの青年だ。怖いといいながら、それを楽しんでいたのだろうか。
 ただ、地直しをしているとき、人工的な石組みにぶつかった。何かの遺跡だろう。これは調査がどうの保存がどうのと、うるさいことになりそうなので、見なかったことにして、埋め直したようだ。
 まんまとまやかされた妖怪博士は立ち直るまで、しばらくかかったという。
 
   了

 

 



2016年1月30日

小説 川崎サイト