小説 川崎サイト

 

異界通信


 異界との通信、交信をしている人は昔からいる。それはプロでなくても、ほんの趣味で。
 この異界とは霊界であったり、精霊であったり、先祖の霊だったり、また神様だったりする。仏様と交信している人はあまり聞かないが、下位の仏ならいるだろう。如来や菩薩レベルは、さすがに畏れ多くて無理だが、明王クラスなら気楽だ。しかし、それらは交信ではなく、化身タイプを取るのだろう。その人に乗り移り、人にはできないような力を発揮する。非常に具体的だがコミュニケーション系とは少し違う。
 背後霊、守護霊との交信もある。先祖の誰かが付いているということかもしれないが、これは数が多いし、同じ血筋であり家系なので、気安い。当然赤の他人が付くこともある。それを言い当てる人もいるのだから、大したものだ。
 世の中の様々な謎を、そういった異界と交信し、聞き出すことができるらしい。これは神のお告げとか、啓示ではなく、無線機で交信し合うような感じでの双方向通信なので、細かなところまで聞き出せるようだ。
 大瀬の高校時代の老いた先生が、交霊術が得意で、授業中、その話をフルにしていたことがある。授業とは何の関係もない話だ。
 その老先生の守護霊は遠い先祖で、老先生を守ってくれているらしい。だから、こっちに来ているのだろうか。あっち側を留守にしていいのかと、大瀬は思ったのだが、そういうことは教科書には書かれていない。
 そして、地球の謎について老先生が語り出す。全てその守護霊から聞いた話として。
 アトランティスとかムーとか、そっちの話だ。守護霊に依頼し、ムー大陸の沈んだ海底まで見に行ってもらったらしい。付き合いのいい守護霊だ。そういうご先祖さんがいたのだろう。しかし、数百年前の人らしいが、よくもムー大陸とか、アトランティスとかの言葉で、つーと言えば、かーで、見に行ってくれたものだ。このご先祖さんの時代、地球が丸いとか、世界はどうなっているのか、太平洋と日本海と東シナ海、オホーツク海程度は分かるだろうが、大西洋やインド洋を知っていたのかどうかだ。
 それによると、ムー大陸は海底の岩盤の下に、今もあり、たまに泡を立てて円盤が飛び立つらしい。
 ここまでくると、聞いている生徒も眉に唾だが、誰も眉に唾を付ける者はいない。これは嘘だろうと聞いている。異論を挟むと話は中断し、普通の授業に戻るのを恐れたからだ。
 それにこの老先生、怖い顔をしている。瞼の上に巨大なイボがある。怒るとそのイボの先が噴火するのではないかと思えた。
 しかし、顔のわりには優しい先生で、一度も叱ったことがない。声の調子もお経のようにいつも同じだ。
 大瀬は深読みし、この老先生は何を教えたがっているのかと考えた。ムー大陸から円盤が出てくることを教えたいわけでも、先祖の霊が守護霊になり、色々と話ができることを伝えたいわけではないはずだ。
 しかし、それにしても言いすぎている。さすがにここまでくると、子供はだませても、高校生は無理だ。
 老先生もそれが分かった上で話していたのだろうか。しかし、ふざけた様子も照れた様子もなく、淡々と話していた。
 今、大瀬はその老先生に近い年齢になっており、オカルト関係の研究をしているが、あの先生ほどの芸には達していない。
 
   了

 



2016年2月1日

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