小説 川崎サイト

 

重荷を下ろす


「最近調子はどうですか」
「不調だよ」
「それはいけませんねえ」
「気も重い。それでますます不調だ」
「はい」
「足も重いし、腰も重い。だから、ますます不調になる」
「もう重荷を下ろされたので、気楽に暮らしておられると思いましたが」
「重荷を下ろしても、軽荷がまだある。軽い荷物だがね。これがこれで重い重い」
「はあ」
「軽荷なので簡単なんだが、やりがいがない。してやったりがない。それで面白くないので、そのまま放置していると、それがどんどん溜まって、集めれば、重荷になっておった。ちりも積もれば山になると言うが、普通の山より、このちりの山の方が始末が悪い。細かいからね。散らばるし」
「つまり、もうお仕事からは引かれたけれど、日常のことが面倒だと」
「そうなんだ。所謂家事や雑用だ」
「人を雇われては」
「いや、今は一人でのんびりと暮らしたいのでね。人との接触は極力避けたい」
「じゃ、私が訪ねたのはお邪魔でしたか」
「たまにはいいよ。どうせ、何か用事があってのことだろ」
「いえ、近くまで寄ったもので、ついでに」
「ほう、本当かな」
「たまには顔を出さないと」
「もう、何も与えるものはないよ」
「私にとっては師匠ですから」
「あ、そう。しかし何かあるだろ。用件が」
「分かりますか」
「用もないのに来るような奴じゃない」
「そろそろ戻られては如何かと思いまして」
「ほう」
「もう、ほとぼりも冷めています。それに状況も変わりました。先生が必要なのです」
「ほう」
「体調も悪くはなさそうですし」
「だから、体調が悪いと言っておるだろ」
「それは軽荷のためでしょ」
「ああ」
「やはり先生には重荷を背負ってもらわないといけません。そちらの方が軽いのではありませんか」
「まあな」
 結局この先生はある組織に戻り、トップの座に復帰した。しかし家事より、そちらの方が荷が軽いというのは面白がりの人だろうか。
 
   了

 



2016年2月2日

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