怪奇作家インタビュー
昔ながらの怪奇小説を書いている作家がいる。竹田はバイトでそのインタビューを頼まれたので、行ってみた。
場所は郊外の住宅地で、小さな二階や三階屋が鉛筆のように立ち並んでいる。安っぽい建て売りの分譲住宅だろう。駅からも遠く。大きな幹線道路も走っていないので、土地が安いのかもしれない。
竹田はそれらの家々を見ながら、すぐに私道の袋小路に迷い込んでしまった。一般道路への抜け道がないのだ。運良く目的の家はその袋小路の突き当たりにあった。三階建ての家は一階がガレージで、それで庭さえない。一階はキッチン程度で、実際の部屋は二階と三階にあるのだろう。さらに屋根が尖っていることから、屋根裏部屋があるに違いない。
怪奇作家の家はそんな建て売りの一軒で、特徴はないが、同じ造りの家が四軒あり、その中の端だ。それでも三階建ての一戸建て。燐家とは余地程度の距離しかなく、庭はないがその余地に肩身の狭そうな庭木が植えられている。
「怪奇小説の魅力は何でしょうか」早速竹田はインタビューを始めた。
「現実にはないことを書くことだよ」
「ああ、フィクションですからねえ」
「そうだね。嘘を書いている。現実には有り得ない」
「はい」
「人知では計り知れないことが起こる」
「はい」
竹田はこういうインタビューに慣れていないのか、相手から何かを引き出すようなことができないようだ。
「現実は現実のまま。だからつまらんとは思わないが、現実には存在しない力が作用するとなると、これは一種のロマンだよ」
「ロ、ロマンとは」
「夢物語のようなものさ」
「はい」
「夢だから何でもありだ。しかし、見たい夢がある。悪夢は見たくないが、あれは現実には有り得ないから見てられる。ただ夢は見ているとき、夢だとは分からないから、いやなものだがね。それに目覚めたとき、あのいかがわしさというか、覗いてはいけないものを見てしまったような後味の悪さ、忌まわしいさ、その種のものを感じるが、何故かそのおぞましさが懐かしい。これは封印していたものの蓋が少しだけ開いたようなものかね」
「怪奇趣味と懐古趣味とは関係がありますか」
この質問、竹田にしては上出来だ。
「怖いものは過去から来る。まだ経験していない未来など、怖さが分からない。分かったとしても、過去の何かに当てはめるからだ」
「はい。ところで、どうして、こういう家に住んでおられるのですか」
「ローンが使えないので、無理して現金で買った。これが一杯一杯だよ。私の印税や原稿料ではね。これでも成功した口だよ」
「しかし、雰囲気的に」
「いや、そうじゃない。怪奇的な雰囲気がないため、余計に怪奇的なものに憧れる。この壁なんて、はめ込み式で合板だよ。だから壁に死体を塗り込めることもできない」
「屋根裏部屋もあるのでしょ」
「ああ、あれは大したものだよ。結構参考になる。頭を打つがね。小窓があってねえ。そこから外を覗いたりするよ」
「都合四階建てですねえ。下から階段で上がるとなると大変ですねえ。まるで座布団を積み重ねたような家ですから」
余計なことを言ったようだが、怪奇作家は意に介しない。
「先生の作品は北欧の話が多いですねえ。行かれたことがあるのですか」
「ない」
「じゃ、小説に出てくる森や教会や、農家や古城や洋館などは」
「全部想像だよ。あの作品の中の場所など、最初からない。地名もそうだ」
「そうなんですか」
「もういいかね」
「まだ、ページ数を満たせていないと思いますので、もう少し」
「そうか」
竹田は何か余計なことを言い、怪奇作家の機嫌を損ねたのではないかと心配した。
「先生は怪奇小説以外は書かれないのですか」
「そうだね。普通の小説はどうも気恥ずかしくてね。本当らしく書くのが苦手でねえ。それに私がそんな小説を書いても出版社が相手にしてくれないよ」
「はい」
「それに現実にありそうなことは、現実に任せておけばよろしい。現実には絶対に起こらない、またはないことを書くから、いいんだよ」
「でも、それなら怪奇小説に限りませんが」
「そうなんだが、私は怖いものが好きでね。楽しいことより怖いことの方が奥深い。それに私の中の禁忌に触れるたりする。これは大変な経験をしたとかじゃなく、もの凄く怖い経験をしたわけでもないのだがね」
「怖いけど、懐かしいという感覚ですか」
「何が懐かしいのか分からないような懐かしさだ。それはねえ、太古の人間も抱いていたことかもしれんねえ。人間という意識持ちの不安定さだろうねえ」
「有り難うございました。これで十分収まります」
せっかく、いいところに穴を空けたのに、ここで終えてしまう竹田。インタビュアーには向いていないようだ。
了
2016年2月3日