小説 川崎サイト

 

寒参り


 雪の少し残っている階段を、老婆が下駄で上がってゆく。上に神社があり、そこへ参るためだ。そんな寒い中でのお参りを寒参りと呼ぶらしいが、これから寒参りに行ってきますという人は希だろう。毎日その階段を上っている人は、寒い日という程度だろうか。
 寒参りはあるが暑参りはないだろう。どちらもハンディーがある。暑いよりも寒い方がこたえるのだろうか。寒稽古はあるが暑稽古や暑中稽古はない。暑い時期は稽古は休みだったりする。
 その老婆、いくら上っても、階段を上りきれない。下りのエスカレーターを上っているわけではない。
「来ましたなあ」
 老婆は、あてがあるのだろう。何が起こっているのか。
 この神社の階段はお百度階段とも言われ、お百度のスタート位置が階段の下にある。結構横に広い石組みの階段で、急なため、手すりが付いているが、ここを蛙跳びで駆け上る運動部員もいる。近くに高校があるのだが、最近は禁止されている。
 階段から境内は見えない。神社の屋根さえ見えない。梢と空だけが見える。空は真っ白で眩しいほど。だから階段の最上段は見えているのだ。だから老婆が動いていないだけ。
 階段を上るための足が上がっていない。足踏みだ。これではお百度踏み。しかし老婆はお百度参りをやっているわけではない。朝の日課なのだ。ここへのお参りは運動になり、朝ご飯を美味しく頂けるらしい。
 しかし老婆の視線は足元にあり、下を見ているため、階段が何処までも続いているように見える。
 老婆は金縛りのようなものにあったのだろうか。それで来たなと、自分の状態を把握した。それを金縛りではなく、神縛りと老婆は勝手に造語している。神様が縄で縛りまくるようなことはしないので、妖怪か何かの仕業だろう。
 老婆は怖くなったが、決して後ろを振り向かない。以前も同じことがあり、化け物に襲われそうになった。後ろにいるのだ、化け物が。
 これは見なければ助かるらしい。だから決して振り返らない。おそらく後ろを見ても、階段が果てることなく続いているだろうし。
 後ろから音が近付いて来る。さすがに老婆は気になり、意に反して振り返ってしまう。
 蛙の大群が襲ってきた。
 当然それは高校の運動部の連中が蛙跳びで上がってくるだけのことだ。
「禁止になっとったんと違うのけ!」
 老婆が蛙跳びに一喝を入れたため、先頭の生徒が驚いて後ろへ倒れた。元々不安定なスタイルなのだ。すると将棋倒しのように次々と蛙が転がり落ちていった。
 化け物は、この老婆だろう。
 
   了

 

 


2016年2月4日

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