小説 川崎サイト

 

五月連隊


 それは思ったよりひどい戦いで、進軍中、次々と兵力が消耗し、見ただけでも目減りしていた。
 遠征軍と言えば聞こえはいいが、敵国の小都市を叩きに行くだけの戦いだ。それ以上攻め込んで、何とかするほどの余裕はない。敵地までは属国や無政府状態の山岳地帯をいくつも超えることになるのだが、途中敵の戦闘機に何度も機銃で掃除された。敵国も本機で、大掃除をする気はなく、進軍を止める気はない。そのうち引き返すだろうと思っているのだ。
 戦線は横へも縦にも伸び、最初から補給がないため、敵の堡塁一つ落とすにしても火力をできるだけ節約した。敵は堡塁で粘るだけ粘ってから撤退した。これを随行の記者が記事にし、景気のいい進軍のように見せかけた。実際に敵は次々と撤退していったので、嘘ではない。ただ、敵国内ではないため簡単に引き上げたのだろう。しかし勝ってはいるのだが、被害がひどかった。逃げた敵兵は殆ど無傷だ。
 遠征軍はそれだけのことで、もう疲れた。予定より遅れたためか、この地方特有の雨期に入ってしまい、体調を壊す兵が続出した。
 敵国の町一つ落とせば、作戦は成功なのだが、そこまで行くうちに、遠征軍は全滅に近い状態になった。それらしい会戦などしていないのに。
 敵国の一都市陥落、この記事が欲しかったのだ。
 遠征軍は四つの師団からなり、それぞれ別のルートで敵国領へ迫って行ったのだが、消耗が激しく、一個大隊が一個小隊以下の規模になっていたのだ。負傷者より病人の方が多く、後方へ下げたためだ。
 弾も薬も食べ物もなくなり、戦う兵も士気が落ち、何ともならないとき、五月連隊のことを口にする将官がいた。これはどの師団でもいた。
 この五月連隊は老人部隊で、殆ど前線には出ていないのだ。戦力は低く、旧式の単発銃だが、弾は数発しか持っておらず、もっぱら銃剣と手榴弾での突撃しかできない。
 しかし、ジャングルに近い山岳地帯に散った各師団は、この五月部隊を探していた。無傷の連隊のためだ。
 この五月部隊、連隊規模なので小学校の全校生徒程度はいる。作戦初期、これを連れて行くのを嫌がったのは、戦力にならないためだ。それで、この方面の旅団付けとなっていた。つまり、遊軍に近い。
 しかし、いくら探しても、五月連隊が見付からない。
 各師団は五月連隊の取り合いになった。食べ物を持っているはずだし、無傷のため、全滅に近い各師団にとり、大軍を得たに近いからだ。
 ある師団などは、残っているのは司令部の将官だけで、実際に戦う兵士は数人になり、それでも敵の陣地を攻めていたのだ。これはもう子供の石投げ合戦に近い。戦線がそこまで伸びきってしまい、その先っちょは数人という規模。
 しかし、五月部隊はいくら探しても見付からなかった。
 戦後、この五月部隊は無事発見された。山岳地帯で迷子になり、遭難していたのだ。かなりの兵隊は病に冒されたが、風土病でも流行病でもなく、持病の悪化だったようだ。また、戦死となっているが、老衰で亡くなった兵がかなりいたらしい。
 しかし一個連隊の規模を残し、最小限の被害で済んだようだ。
 この五月部隊が敵国の町を陥落させたが、既にそのとき戦いは終わっていた。誰も守っていなかったためだ。それに敵の領土とはいえ、誰も住んでない寒村だった。
 
   了
  

  


2016年2月13日

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