小説 川崎サイト

 

キリギリスが聞いた働き蟻の話


 蟻さんのおかげで、越冬中のキリギリスが、ある日、食べ物をねだりに蟻の家へ行った。一度では持ち帰れないので、定期的に貰いに行くのだ。
 その受け渡しのおり、世間話となる。蟻は食料が十分あるので、この季節は外には出ない。家に引き籠もっている。そのため、話し相手が必要なのだ。
 キリギリスは蟻が勤勉だということを褒め称えた。ものもらいに来ているので、当然だろう。偉そうなことを言って、威張って帰るわけにはいかない。
 蟻の話によると、働き蟻は勤勉ではないらしい。むしろ歌を歌ったり楽器を演奏しているキリギリスの方がましだと。
 どういうことかと聞くと、働き蟻の全てが働いているわけではなく、一応行列などには加わっているが、ただただウロウロしているだけの働き蟻の方が多いらしい。
 この意味もなくウロウロというのをキリギリスは非常に気に入った。
 本当に餌を運んでいるのは一部の蟻で、その蟻でさえ、適当なもので、犬も歩けば棒に当たる程度のものらしい。
 だから棒に当たった蟻は、偶然それを運ぶことになり、その姿はいかにも働いているように見える。運んでいる最中、落としたり、ばらけてしまったりすると、近くにいる蟻がフォローする。中にはその場で食べてしまう蟻もいる。それらの蟻はまだ食べ物と絡んでいるのでましな方で、ただただウロウロしているだけの方が多い。それに比べるとキリギリスさんにはライブ演奏をするという目的があるだけ素晴らしい。だから私はあなたに食べ物をただでやるのだと。
 それでは蟻さんも歌を歌ったりすればいいのにと言うと、蟻の声量は小さく、蟻の体型に合った楽器もないので、それはできないらしい。
 キリギリスはふと疑問が起こったので、あなたは何蟻ですかと聞いた。すると私は働き蟻ですと答えた。
 つまり、この蟻は私腹を肥やす蟻で、取ってきた食べ物を巣に運ばないで、自分の家に運んでいたのだ。
 働き蟻の中にも、そういう蟻が結構いて、巣の周辺に家を構え、一人で、いや一匹で動いているらしい。そして、たまに所属する巣へ寄り、様子伺いに女王蟻にお土産を持って行く程度とか。しかし、この女王蟻と結ばれて、自分の子孫を残すようなことは殆どないので、ただの義理だ。
 こういう蟻とは別に、兵隊蟻がいる。身体がでかい。決して食べ過ぎたわけではない。しっかりと義理を果たしておかないと、女王蟻が兵隊蟻を差し向けるらしい。
 蟻に国などないが、縄張りがある。他の女王蟻の集団が縄張り内に入らないように、兵隊蟻は見張っているのだ。
 当然、一人暮らしの蟻の家にも巡回に来てくれる。甘いものを与えれば機嫌がいい。
 しかし、この兵隊蟻も結構ウロウロしているだけのことが多いらしい。実際に敵の集団と遭遇しても、戦うのは、ほんの一部だけで、これは運が悪い兵隊蟻だ。敵の兵隊蟻も似たようなものだ。
 いずれにしてもキリギリスが興味を示したのは、ただ単に意味なくウロウロしているだけの存在が許されることだろう。しかし、それは数が多いためかもしれない。中にはそういう蟻がいるかもしれないが、お友達のこの蟻が大袈裟に面白おかしく話しているだけかもしれない。
 キリギリスは蟻さんの話を感心して聞き入っていたので、蟻さんは満足したようで、食べ物はいつもより多い目に頂戴できた。
 
   了

 



2016年2月15日

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