小説 川崎サイト

 

丹仁谷の南京豆売り


 丹仁谷と呼ばれる通りがある。ビルとビルの谷間にあるためだろう。オフィス街と歓楽街の間にある非常に細い通りなのだが、道行く人は多い。抜け道でもあり、また安い飲み屋などが軒を連ねているためだろう。しかし、子供向けの駄菓子屋やおもちゃ屋があったりする。近くに住宅地はないのだが、元々は町屋が並んでいた通りのため、子供を多かったのだろう。今はそうい店構えの商家も消えている。
 要するに今は雑雑としたオフィス街裏と繁華街裏に挟まれた通りだ。そのため、そこに占いの店があっても誰も驚かない。色々とあるだろう程度だ。
 その色々の中の一台。これは台だけで営業しているので、易者や占い師に近いのだが、豆を売っている台がある。台は街頭占い師が使うのと同じZ形に組み立てるタイプ。
 そこで豆だけを売っている。皮の付いた南京豆だ。この街は海沿いにあり、港がある。結構外人が歩いていたりする。
 台の上に南京豆を入れた白い紙袋が並んでいる。医者でもらうような薬の袋のように。
 売っているのは年寄りもいれば若い娘もいる。交代で店番をしている。
 南京豆は滅多に売れない。だから、流行っていないのは誰が見ても分かる。商売にならないはずなのだが、売り子は平気な顔で座り続けている。
 これは風俗系だろうという噂があり、あの菓子袋のような中に、南京前と一緒に、何かが入っているのではないかと。それはチケットのようなものであったり、電話番号だったりとか。
 また、ある人は見張りだという。歩いている人を監視しているのだと。
 またある人は、闇取引で使うタグを扱っているのではないかとも。そうでないと、南京豆だけで商売になるわけがない。
 その様子をじっと見ているわけにはいかないのは、見ていることを南京豆売りにも見られてしまうためだ。
 ところがここは丹仁谷のため、ビルの裏窓からいくらでも様子を窺うことができる。しかし、本気で、この謎の南京豆売りを観察した人はいない。
 さらにある人は、ビルの裏窓と何やら合図を送りあっているのではないかと、合図の中身など考えないで、言う人もいる。一体それがどう役立つのかまでは分からないので、この説も消えた。
 一番分かりやすいのは南京豆売りの姿から推測することだ。老婆、おばさん、若い娘。中年のおじさん。このあたりの人達が入れ替わり立ち替わりで店番している。おじさんがお爺さんや青年になることもある。
 だから、その店番の人達から聞けばすぐに分かる話なのだ。しかし、誰も怖くて、聞いたりしない。
 そこで登場するのが、この丹仁谷通りを大昔から行き来している長老のようなお爺さんだ。
 このお爺さんの子供時代から南京豆売りはいたそうだ。貧しそうなお婆さんで、当時は、一人で売っていたらしい。貧乏のどん底を泳いでいたのだろう。そして、この南京豆売りの台にしがみつくように泳いでいたのだ。
 長老の話では、似ているという。顔が。つまり、あのお婆さんの縁者ではないかと。
 人が行き交う場所にずっといると、何かにぶつかることがある。犬も歩けば棒に当たると言うが、棒になって、人の中にいると、何かに当たったのかもしれない。噂ではこの土地の親分に親切にされたようだ。不憫だと思ったのだろう。親分の小学生時代の初恋の相手だったとも言われている。これは嘘だろう。
 さて、今も残る南京豆売り、有力な説ではないが、あれは、あの一家の行事で、ああして一家をどん底から救ったお婆さんを忍んでいるのではないかと。
 
   了

 


2016年2月21日

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