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空元気
調子が悪いときほど安定していることがある。これは体調にも左右されることも多い。岩田は調子が良いときほど良くないことをしてしまうため、努めて調子を落とそうとしている。しかし努力しなくても、すぐに体調が悪くなるので、無駄な努力なのだが。
「逆じゃないのですか岩田さん」
「調子が悪いときの方が静かでいいのです。まあ、病気で伏せっているとき、何もしないで、じっとしているでしょ。あまり積極的なことは考えない」
「え、そうですか、僕はそんなときは体調が戻ればあれをしよう、これをしようと布団の中で一人興奮しますが」
「それはあなたのたちちで、私のたちじゃありません」
「調子が悪いときほど良いなんて、たちの悪い発想ですよ」
「いや、元気すぎるので、私には合っているのです。元気なとき、やり過ぎて、それで疲れて体調もやる気も失せるわけです。トータルすると損をしている。元気なときにやったことのフォローで大変な時間がかかったりしますしね」
「そうですねえ、岩田さんはいつも威勢がいい。しかし、今日はどうかしましたか。そんな弱音を吐くなんて」
「だから、調子の悪いときは滅多に人と会わないからですよ。あなたと会っているときは調子の良いときです」
「じゃ、今日はお邪魔でしたか」
「いえいえ、そこまで重症ではありませんよ。逆に調子を落としているときの方が大人の対応ができますから、とんでもないことを言い出しませんからご安心を」
「いや、今日お伺いしたのは、元気を貰おうと思いましてね、最近色々とありまして、元気がないのですよ」
「元気を貰う？」
「そうです」
「何処から」
「ですから、岩田さんの元気を分けてもらいに」
「私、今日は元気じゃないですよ」
「そうでしたねえ」
「しかし、不調なら差し上げられますよ」
「いえいえ、これ以上不調になると、外に出る気もしなくなりますから」
「あ、そう」
「何か元気な話、ありませんか。その話を聞くと、元気エネルギーが補充されます」
「私は別ですねえ。元気な人といると、大人しくしていたくなりますよ。あの元気は危ないってね。そう思います」
「そうなんですか」
「それに元気など貰っても使い道がないでしょ。気の問題でしょ。それより具体的なものを貰った方が元気が出ますよ」
「確かにそうですねえ。お金とか、仕事を頂ければ、元気になります」
「そうでしょ。だから、元気のないときに、そんな空手形のようなものを貰っても、ただの空元気にしかなりません。これは危険です。気分だけ元気では、何ともならない。その元気注射が切れると、すぐに戻ってしまいます。だから、私のように元気のないときこそ、物事を進めるのが良いのです」
「元気がないのに、そんなこと、できませんよ。だから、元気を下さい」
「元気は毒です。こんなもの貰っても、爆弾を持ち帰るようなものですぞ」
「それに」
「なんですか」
「そんな簡単に元気など手には入りませんぞ」
「では、元気を沸かす方法はありませんか」
「だから、茶瓶で湯を沸かすようには沸かない。そんなもの、いくらでも調子が出て来れば沸き立ちますよ。しかし、あまり良くない。元気なときほどやり過ぎる。だから元気など持ち帰ってもろくなことはないし、また、人の元気など貰っても役に立ちませんぞ」
「そんな話を聞いていると、ますますテンションが下がってきます」
「それは良いことです。元気のない話を聞いて、しみじみとして帰るとよろしい」
「はい、お邪魔しました」
了
2016年2月22日