小説 川崎サイト

 

宝物探し


「探していたものは既に持っていた、という話ではない。それを得るために大変な苦労をしたり、大金を叩いたり、色々な情報を集めたりしないと、簡単に持てないし、得られるものではない」
「青い鳥が逃げた話じゃないのですね」
「幸せの青い鳥は、実は何でもないもので、いつも見ていたもの、普段から使っていたもの、またずっとそこにあったもので、あまり値打ちがないと思っていた身近なものが、実は宝物だったというような話だよね」
「違うと思います」
「あ、そうなの。聞いただけで、どんな童話か知らないから。だから、そういう話ではなく、自分は持っている宝物が果たして本当に宝物なのかどうかを確認したいときがある」
「宝物を持っておられるのでしょ。幸福の青い鳥をお持ちなのでしょ。だったら、それを大事にして、育てたらよろしいかと」
「いや、そうじゃなく、これより素晴らしい宝物が他にまだあるのではないかと思うと、自分の持っている宝物に疑念が生じる。さらに良いもの、さらにバージョンアップされ、より宝物としてのレベルの高い宝物がね」
「それを探しておられるのですか」
「そうなんだ。それが不幸の始まりかもしれない。幸せな村などないかもしれんが、平穏に暮らせておる村から出るわけだから」
「村をお探しですか」
「そうじゃない。新天地でも楽土でも、蓬莱島でも何でもいい。青い鳥でも赤い鳥でもな」
「要するに、価値の再確認ですか」
「うむ」
「本当に自分の持っている宝が価値あるものか、またはそれを越えるものが世の中にあるのか、それを確かめに行く旅なのですね」
「旅行などせんが、まあ、そういうことだ」
「それで、色々探したり、試したり、見たり、聞いたりしたが、やっぱり自分のものが一番素晴らしかったというような」
「そういう予定調和が望ましいのだがね。予定が調和する前に取り返しのつかない事象にぶつかり、戻れなくなり、調和させたいのだが、調和はできず、または、探し当てる前に頓挫してしまうと、旅の途中で終わってしまう。これは長旅を終え、村に帰って来ないと成立しない話なんだ」
「しかし、確かめに行くというのはどういうことでしょうか。疑いが起こったのは、欲が出たのではありませんか」
「まあそうだが、慣れ親しんだものは、あまり価値を見出しにくくなる。自分が価値だと思っているものが、実は何の価値もなかったりする」
「最初から鳩とか雀とか鴉だったのですね。青い鳥じゃなく」
「その可能性がある。本当にありふれた鳥だったりする。それを青い鳥だと思い込んでいただけかも。しかし私の場合、そうじゃない。苦労して手に入れたものだからね。簡単には手に入らないので、これは宝だ。しかし、そう私が思い込んでいるだけの宝かもしれん」
「その錯覚が大事なんじゃないですか。世の中にたった一つだけある宝物ですよ。それ」
「それは値打ちなど何もないということだ。やはり他者の追従を許さぬほど、凄いことでないとな。また、他に類を見ないほど誰もが欲しがる価値あるものでないとね」
「それを既にお持ちなのですね」
「持っておるが、手に入れた頃に比べ、どんどん目減りしているように見える。時代を超えた素晴らしさではなかったのだろうねえ」
「それで今、お持ちの宝物よりも、さらに良いものを探しに行くわけですか」
「そうだ。そんなもの、ないに越したことはない。やはり私が持っているものが一番だったと確認が欲しいだけかもしれんが、どうも私の持っている宝物は、当時は一品だったが、今は二品、三品程度に落ちている可能性がある。それに気付いたので、出掛けるのだ」
「見付かればよろしいですねえ」
「では、行ってくる」
「はい、お達者で」
 
   了


2016年2月24日

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