小説 川崎サイト

 

猟奇の徒


 深く沈み込んだ夜。これは深夜だろう。そこに闇の住人がうろつき出す。ただこれは今の街では難しい。結構明るいし、開いている店屋もあるためだ。当然道路は昼夜にかかわらず車が行き交っている。そのため片田舎の道のないような場所にでも行かないと成立しない。
 暗闇に紛れて蠢く闇の人、夜の人々。これはもう死語になりつつある。例えば忍者だ。闇に紛れるため黒い服装をしているが、現代の夜の街では逆に目立つ。完全に忍んでこそ忍者であり、忍びの者だが、明るいと黒い姿が見えてしまい、逆効果になる。これが普通の服装なら、問題はないだろう。スーツ姿なら夜遅くまで仕事をしていたとか、遅くまで飲んでいて、その帰り道とかで、一般性がある。
 闇が消えたことで妖怪も消えたように、夜に出る化け物も影を潜めた。元々いなかったのだから、潜めるも何もないが。
 しかし闇の住人はいる。これは精神的なもので、深夜にウロウロしている人ではない。
「最近、闇をやってましてねえ」
「病気ですか。病んでるとか」
「まあ、それに近いですが、気持ちが闇の世界を彷徨っているのですよ」
「闇の」
「そうです」
「どんな」
「だから、表沙汰にはできないこと、人には言えない秘密ごとですよ」
「ほう」
「闇というより、裏側ですねえ。表街道があるのように、裏街道がある」
「お天道様に顔向けできない家業ですか」
「まあ、そういうことですが、一度闇に身を沈めると抜けきれなくてねえ。結構いい雰囲気なんですよ」
「どのような」
「それは具体的には説明できませんが、忍者が床下で、じっと忍んで、盗み聞きをしているようなものです。上は座敷でしょ。お偉い方がおられる。客が来る。そして何やら話している。それを盗み聞くまでの間が、長い長い」
「何が長いのですか」
「だから待機時間が」
「それは苦痛でしょ。床下でしょ。狭いところですよ。そんなところでじっと……」
「ところがあなた、そこでじっと忍んでいると、結構落ち着くのです。憩えると言ってもよろしい」
「ほう」
「暗闇で耳だけを澄ませ、じっとしている。この感じがよろしいのです」
「それは何でしょう」
「このとき、闇の中に完全に溶け込んだような境地になります。忍者は指を組んで、何かブツクサ言っているでしょ。待機中、やることがないので、そんなことをして気持ちを鎮めているのですよ」
「そんなこと、されたのですか」
「いや、最近の家は縁の下からは入れません。格子がありますからね。これは猫やイタチなどが入り込まないようにしているのでしょう。それに人が入れるほど高くはないのですよ」
「じゃ、どうして、その感覚を知りました」
「押し入れに一人で入り込み、じっとしていました」
「ご自宅の」
「そうです」
「しかし、それでは刺激がないでしょ」
「家族に見付かると大変です」
「奥さんやお子さんにですか」
「そうです。見付かるとまずいです」
「別に隠れん坊をしているわけじゃないのでしょ」
「そうです。急に、さっと押し入れに入るのがこつです。すると、お父さんが消えたとなります。トイレでしょ、ということになりますが、誰も入っていない。煙草でも買いに出たのでは、とかにもなりますが、戻って来ない。これはまだ、ましでしてね。私が消えたことにまったく気付かないで、みんな寝てしまったりしますよ。これでは隠れがいがない」
「はい」
「しかし息を殺し、じっとしていると、野生が戻ってきます。感覚が研ぐ済まされ、家の中の音にも敏感になり、今、良雄が台所で冷蔵庫から何かを取り出し、飲んでいるなあ、とか、そういうのが分かったりします」
「ほう」
「さらに隣家、これは庭を挟んで少し離れていますが、そこからの物音も聞こえてきます。あそこの和義君は、まだ起きているとか、今夜は誰かを連れ込んでいるなあ、とか」
「それが闇の世界ですか」
「その片鱗でしょう」
「そういうのに、最近凝っておられると」
「そうです。こういう悪趣味の輩を猟奇の徒と言います」
「また、古い言い方ですねえ」
「日常内にいながら、非日常な行為をしている。決して人様には言えない。あ、今言ってしまいましたが、これは軽い例で、本当はもっと猟奇なことをやっているのですが、これはさすがに耽美すぎて言えません」
「はい、お好きなように」
 
   了

 


2016年2月26日

小説 川崎サイト