小説 川崎サイト

 

代替喫茶


 毎日昼前に行く喫茶店が休みなので、田岡は別の喫茶店へ行くことしにした。これは年に一度程度ある。いつもの店は年中無休で、大きなショッピングモール内にある。そのモールがメンテナンスで、年に一度休みとなる。年中無休といっても、そういう例外が毎年あるのだ。その日がいつなのかは一年前には分からない。ひと月ほど前に貼り紙があり、それで分かるが、毎年何月何日なのかは決まっていないようだ。
 それで田岡は、そのモールより近い距離にある喫茶店に行くことしにした。ここは早朝から開いており、たまにモーニングサービスを食べに行くことがある。これは本当にたまだ。そのため、数ヶ月に一度ほどだろうか。常連客ではない。さらに歩いてすぐのところにも喫茶店が二店ほどあるが、個人営業の店で、一時は常連客だったが、一度行かなくなると、次に行くのが面倒になるため、二店とも今は行っていない。毎日来ていた客が来なくなり、久しぶりに来て、またそのあと来なくなる。これは何となく気まずい。
 その日、行こうとしていた喫茶店は大きなチェーン店なので、その心配はない。店長もいるだろうが、これもすぐに変わったりする。車が行き交う場所にあり、ドライブインのようなものだ。そのため、風通しがいい。
 田岡は朝ご飯が遅い。そのため昼前に食べている。これから行く喫茶店はモーニングをまだこの時間でもやっているので、それも食べてやろうと思い、遅い目の朝食を少なめに食べる。ご飯の盛りを少なくしたし、いつも焼く目玉焼きも、今朝は焼かない。モーニングでゆで卵が付くためだ。また卵は一日一個までと医者から言われている。
 そして昼前になったので、コーヒーを飲みに向かう。方角はいつもとは逆だ。そのため沿道も違う。
 家を出るとき時計を見たのだが、急がないと十一時を越えてしまう。モーニングサービスがなくなる。田岡はペダルを強く踏み、急いだ。
 出るとき気がかりが一つあった。それは小銭が足りないことだ。千円札もない。五百円玉もない。万札を喫茶店で払うことになる。これはやりたくない。それでポケットをもう一度確認すると、百円玉が三枚しかない。あとは一円玉と五円玉と、十円玉が一枚。コーヒー代は四百二十円。小銭が都合百十円足りないことが分かったので、小銭貯金箱から足りずを取り出した。そういう準備をし、出掛けたのだ。
 そして喫茶店前まで来たとき、十一時前には間に合ったが、駐車場の車が多い。満車だ。さらに自転車置き場も一杯で、そこからはみ出た自転車もある。店の窓を見ると、客がぎっしりといる。そこは禁煙席のはずだが、喫煙席はもっと狭く、座る席は保証できないだろう。この店はカウンター席がないので、さらに難しい。
 田岡はそのまま通り過ぎたが、宙に浮いていた。目的地を失ったのだが、前へ進んでいる。その先には喫茶店の当てはない。ここを直進しても意味はない。
 走りながら、ここから一番近い喫茶店で、しかも煙草が吸える店は何処かと、記憶を辿っているうちに、車の多い狭い道の路肩を逆走していた。幸い対抗自転車はない。路肩も荒れているので、地元の人は通らないのだろう。路肩には段差があり、標識や電柱の僅かな隙間を通り抜け、やっと大きな道との交差点に出た。そこからは広い目の歩道があるため、楽に走れた。
 その大きな道沿いに市役所がある。それで田岡は喫茶店を思い出した。二店か三店あり、その一店はかなり古くからある個人喫茶で、煙草も吸え、ソファーのアンコはへこんでいるが、ゆったりとしている。市役所に用事で来た人などが利用しているのだろう。店も古びているが、店の人も古い。老婆だ。ここへは市役所へ行ったとき、必ず寄り、そこで軽食を食べたりしたこともある。良い店だ。しかし遠いので、毎日通うような場所ではない。
 目の前に市役所が現れたので、そこで右折し、市役所の裏側へと自転車を進めた。その角の住宅地と接したところにあるはずだ。
 これは消えずに残っていた。店の周りは鉢植えの木が日除け代わりに置かれている。鉢植えでも、これだけ大きな木になるのかと感心する。しかし、中は薄暗い。昔の喫茶店のためだろう。読書向けではない。
 喫茶店の名前まで知らなかったのだが、この市の市名と同じ名だ。これは先に言った者勝ちだろう。やはり市役所御用達の喫茶店で、市役所がなければ、ここに喫茶店など作らなかっただろう。そのおかげで市内の個人喫茶は多く廃業しているのに、ここは無事なようだ。
 そして、やっと辿り着いた喫茶店のドアを開けた。
 中は薄暗いが、それよりもドアを開けた瞬間、無数の何かが蠢いた。
 
   了

 



2016年2月27日

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