小説 川崎サイト

 

独走者


 疋田はその業界では独走状態に入っていた。しかしトップではない。何位かも分からない。そういうレースには参加していないようで、本レースのコースの裏道を走っているだけかもしれない。独走状態なのは前にも後ろにも誰もいないからだ。と、思いしや、すぐ後ろから人が来た。
「疋田さんですね」
「そうだが」
「生存しているのを見るのは初めてです。生体反応のある疋田さんと接することができて、光栄です」
「何を言っているのかね、こんなところにいないで、表街道に戻りなさい」
「いや、あそこは人が一杯で。僕など中位置の下で、これはもうその他大勢の一人です。やはり十番目ぐらいに付けないと。その点、疋田さんは、そういうレースから脱され、独走状態ですから」
「それは誰でも一位になれるという話ではないのかね。しかし、誰もそんなものに注目しない」
「でも、僕は疋田さんの存在を知りました。もの凄く目立っているのですよ。僕ら下位の人間にとって」
「そうか」
「上へ上がるのは、もう無理だと思っています。伸び盛りなら良いのですがね。もう年だし、自分の限界も分かりました。おおよその定順位が分かりましたからね。奇跡が起こっても、上がれる力がないのです。そんなとき、話に上るのが疋田さんなんです」
「悪い見本じゃないのかね」
「そうではありません。そろそろ疋田さんで行こうかと話すことがあります。似たようなレベルの連中とですが」
「どういう意味かね」
「レースに加わらないレースです」
「それじゃレースにならんだろ」
「そうですねえ」
「レースとは比べ合い、競い合い、力を試す場。そこから離れることは身を引くことだよ」
「そうなんですが、その引き方が問題なのです。まだ何とか食らいつきたいので、引退したくありませんし、まだ早いです。だから、ここは疋田さんで行くかとなるのです」
「私で行く」
「はい、疋田流で行くしかないねえ、と言う意味です」
「私はそんな流儀など作った覚えはない」
「要するにランクとかレベルとかから外れたところにいたいのです」
「それは普通のレースに出れば、下位になるからだろ」
「まあ、そうなんですが。あっ、ほら、また追従者が現れましたよ」
 男の後ろから、さらに若い男が追いかけてきた」
「疋田さんだ。疋田さんがいた」
 最初の男と同じようなことを言いだした。
「生体反応のある疋田さんを見て、光栄です。ぜひお供を」
 さらにその後ろからも。
 これはメインのレースからの落伍者にすぎない。疋田は仕方なく、それらを拾い上げた。
 この一団はその後、グループを組み再出発したが、誰もそんなものに注目などしなかった。
 そしていつの間にか、リーダーの疋田の姿が消えていた。その後、生存する疋田の姿を見た者は誰もいない。何処かで、また独走状態に入っているものと思われる。
 
   了

 


2016年3月1日

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