小説 川崎サイト

 

陽気な人


 季候が良くなると、変な人が出て来るらしい。頭の変な人だ。その人は冬場、じっとしていたのだろうか。それとも寒い内は変にならず、気温が上昇すると、おかしくなるのだろうか。すると沸点のようなものがある。ただ、春の陽気で、変な人が出てくるだから、夏になればより高温になり、さらに頭のおかしな人を量産するように思われるが、気温が高すぎるのかもしれない。
 天気がいいし、ふとその陽気に誘われて、外に出る人も多くなるにしても、気が狂ったようにはならないだろう。それなら、暖かい春の日はそんな人が町内にあふれかえり、収拾が付かなくなる。
「今日などはもう春ですねえ。もう寒い日はないでしょ。それで新しいことを始めたいと思いましてね」
 出たな、と、竹中は、この友人木村の顔を見た。顔色が良く、元気そうだ。これがいけないのだろう。精気がみなぎりすぎている。木の芽時などで、こういう状態になるのだろう。
「去年もそんなことを言ってたけど」
「ああ、梅雨時にへたってしまいましたよ」
「しかし、春から梅雨まで持ったのですね」
「ああ、湿気の季節が苦手でね。そこで滅入ってしまいました。まあ、続けていても、今度は真夏の炎天下、猛暑だったりすると、バテて、やってられませんよ」
「今年もそうなりそうな案配ですが」
「ああ、それはやってみないと」
 竹中は彼がやろうとしている案を静かに聞いた。これは本気で聞かないで、適当に聞いているので、静かなだけ。
「どうですかな、竹中さん、行けそうでしょ」
「案としてはよろしいかと」実際には聞いていなかったので、適当なものだ。
「これで、竹中さんから太鼓判を頂いたようなものなので、早速やり始めますよ」
「はい、お好きなように」
 木村は気が触れたように、猛烈にその案を実行に移していった。日々忙しく、寝る間もないほど。その家族は、また物狂いが始まったと思い、相手にしなかった。当然心配も。何処かで疲れてやめてしまうはずなので。
 気が触れ、頭がおかしくなったとしか思えない木村の案は、見事に現実化し、大成功を収めた。
 これは物狂いでもしなければ、できないようなことで、今年は春先の気候とマッチし、うまくそれに乗れたようだ。
 せっかく上手く行ったのに、梅雨頃になると、滅入ると言うよりも、飽きてしまい、結局、もったいない話なのだが、途中でケツを割った。一気に登るのは得意なのだが、道が平坦になると退屈してしまうようだ。
 真夏、竹中がソーメンを食べていると、木村がやってきた。
「新しい案が生まれたんだけど、聞いてくれるかな」
「ああ、いいけど、この暑いときに、元気だなあ」
「暑さで気が狂いそうになったんだ」
 竹中は、それには何も答えないで、その案件を静かに聞いた。
 そして、今回は失敗したのか、その後、顔を出さず、次に来たのは冬の終わりがけ、季候が良くなってからだ。
 
   了

  



2016年3月7日

小説 川崎サイト